『お姉ちゃんだから』と我慢し続けてきた令嬢、ついにブチ切れる



とある第二王子の側近の話(6)



 そして。
 私が調査のために屋敷を離れた直後、あの衝撃的な事件は起こった。

 帝国の元王子レオポルドは、公爵令嬢アリアーヌと手を組み、公爵家の潤沢な財力を背景に、強引に屋敷へ侵入したのだ。

 公爵家はレオポルドに禁忌の魔道具を貸し与えた後、足がつかぬよう即座に撤退。
 自暴自棄に陥っていたレオポルドがソフィー様を辱めれば、彼女の価値は地に落ちる。後は、彼を犯罪者として切り捨てれば全ては闇に葬られる――そんな卑劣な算段だった。

 だが、公爵家には致命的な誤算があった。

 まさか王族たる第二王子が、連日民の中に混じって領地運営に奔走し、あろうことか伯爵家に住み込みで働いているとは夢にも思わなかったのだ。

 魔導具によって魔法を封じられた、ソフィー様の絶体絶命の窮地。
 そこで彼女を救ったのは、華麗な魔法でも王族の権威でもなく、主君の拳だった。


 事の顛末を聞いて、私は自分の不在を呪うと同時に、主君がずっと願ってきた、大切な女性をこの手で守り抜くという努力が、正しく報われたことに、思わず涙ぐんでしまった。




 その後の、主君が王族としての才覚を最大限に発揮した、帝国との交渉や公爵家の爵位剥奪といった断罪劇については、ここでは多くは語るまい。

 特にレオポルドについては、たとえ全てを奪い、どれほど苛烈に痛めつけたとしても、主君の気が済む着地点など見出せなかったはずだ。ソフィー様の過去を思えば、私とて同じ思いである。

 だから、主君はあえて私怨を押し殺した。
 関係者を徹底的に洗い出し、その全員から、我が国とソフィー様の糧となる条件を極限まで引き出すことで決着をつけたのである。


 ソフィー様は知る由もないが、今やウォルジー伯爵家は、帝国の王族や彼女の遠縁にあたる帝国の侯爵家、さらには辛うじて爵位剥奪を免れた我が国の公爵家に連なる貴族たちにまで、多大な「貸し」がある状態だ。
 もちろん、絶対的な法的効力を持つ書状を添えて。

 ソフィー様がこの権力を振りかざして世界を脅かす姿など想像もできないけれど、今後ウォルジー伯爵家が社交界で一目置かれる。
 ――もとい「絶対に怒らせてはいけない家」として畏怖されることは、後ろ盾の少ない若き当主にとって何よりの支えになることだろう。





「少し……相談したいことがあるんだが」

 主君が珍しく、躊躇(ためら)いながら声をかけてきたのは、二人が無事に結ばれて数日後のことだった。

 たまたま二人きりで執務に当たっていた際、彼はそわそわと落ち着かぬ様子で、私を手招きしたのだ。


 主君の結婚により、私は王家の影として王都に戻るか、臣籍降下した彼の個人的な側近として新たな道を歩むかの選択を迫られた。
 そして私が選んだのは、あらかじめ用意されていた伯爵家の個室を使い続ける道だった。

 ゆえに私にとって、彼は今も主君のままだ。



 二人は無事に夫婦として結ばれたはずなのだが、最近の主君はどうにも落ち着きがない。

「如何されましたか。何か問題でも?」

「……ソフィーに、お酒を飲んでもらうためにはどうしたらいいと思う?」

「……私は殿下……いえ、ジスラン様は紳士だと思っておりましたが。嫌がる女性に酒を強いるような、野蛮な男に成り下がったのですか?」

「違う! 俺だって無理強いはしたくない。だが、どうしても……どうしてももう一度、酔ったソフィーが見たくてだな」

「……酔ったソフィー様を見たい、とは?」

 私の問いに、主君はしばし逡巡した後、わずかに声を潜めて続けた。


「結婚式の夜にだな。その、緊張しているソフィーの心を解きほぐそうと、ホットワインを用意したんだ」

「……それは、極めて常識的な範囲の、紳士的な配慮ですね」

「それでだ。ソフィーは酔うと、その、……凄いんだ」

「凄い」

「ああ、とにかく、凄くて……最高に格好良かった」

 まるで初恋に溺れる乙女のように、主君は両手で顔を覆った。その頬は、耳の裏まで真っ赤に染まっている。
 主君をそこまで狂わせるものが何なのか分からず、私は少々顔を引き()らせ、一歩後ずさった。

「そのお姿が見たいがために、またお酒を飲ませたいと?」

「あのソフィーがだぞ! いや、普段の毅然とした当主でありながら、実は押しに弱く一人で仕事を抱え込みがちな彼女も、仕え甲斐があって愛おしいのだが……!」

「はぁ……」

「酒が入った彼女は、さながらあの夜会のときのように、風の精霊……いや、この世界を統べる女神のようだったんだ!」

「……お酒を飲むとソフィー様は、あの、鬼神のような姿に?」

「女神のような、だ!」

 そこから、主君による「酔ったソフィー様がいかに雄々しく、美しく、そして可愛らしいか」という熱烈な演説が始まったのだが。

 ……聞けば聞くほど、私はソフィー様という女性が分からなくなった。

 

 とりあえず理解したことは一つ。

 主君が何を言おうと、私自身の身の安全のため、ソフィー様にお酒を飲ませるような事態だけは、全力で、命を懸けて回避しなければならない、ということだ。




***

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
本編で書ききれなかったジスラン側のお話と、魔法やソフィーの母親の死についての補足的なお話でした。



もし書けたらまた番外編として書くかもしれませんが、補足設定。

義妹フルールは、家族がみな忙しく家にいても誰にも構ってもらえないような環境で育ちました。

そんな中である日、自身に植物の成長を促進する力があることに気づき、魔法が使えたら家族が自分のことを見てくれるかもしれないと、それなりに努力した結果、花を咲かせられるようになりました。

お姉ちゃんにだけ我がままだったのは、お姉ちゃんは忙しそうで一緒に遊んではくれないけど、自分の願い事をちゃんと聞いて、できるだけ叶えてくれる人だったからです。

魔法で咲かせた花をよくお姉ちゃんに渡していたのも、お姉ちゃんにもっと構ってほしい気持ちの現れでもありました。