『お姉ちゃんだから』と我慢し続けてきた令嬢、ついにブチ切れる



とある第二王子の側近の話(5)


 そんな、伯爵家の中に用意された主君のための個室で。
 深夜、私は調査結果を報告するため、彼の前に立っていた。


 あれからも主君の指示を受け、私は時間を捻り出しては帝国の元王子、レオポルドについての調査を続けていた。

 その結果判明した八年前の事件の真相は、あまりに身勝手で惨いものだった。


 帝国の第一王子でありながら魔力が弱く、王族の義務である魔法訓練にも不真面目だったレオポルド。対照的に、二つ下の弟が急速に力を伸ばし、国内で後継者争いの機運が高まった。
 そこで身の危険を感じた彼が、一時的な避難先に選んだのがウォルジー家だったのだ。

 しかも、伯爵家側には彼が王子である事実は伏せられていた。
 ソフィー様の祖父の親戚を装い、「レオ」という偽名で、身分差を盾に強引に居座ったのである。

 さらに許しがたいのは、あの襲撃事件の後の対応だ。

 帝国側は暗殺未遂の事実を揉み消そうとし、現場に幼いソフィー様しかいなかったことをいいことに、前伯爵夫人の死を事故として処理するよう彼女を口止めして去ったという。

 聞き込みによれば、当時のソフィー様とレオポルド王子は、実の姉弟のように仲睦まじく過ごしていたらしいというのだから。
 ……彼女の純粋な情をこれほどまでに踏みにじるとは、あまりに酷い話だ。

 伯爵家に仕える老夫婦の話によると、ソフィー様はこの件について記憶が曖昧なようだ。彼女が思い出せた事実は、「レオが、いつか私のことを迎えに来てくれるって」という幼い甘い約束だけ。


 今の主君は、ソフィー様のこととなれば相手が誰であれ容赦はしない。
 ……とはいえ、レオポルドはすでに廃嫡され、現在は行方も知れぬ身。

 まさか今さら暗殺までは企てないだろう。
 そう自分に言い聞かせ、私は主君にすべてを打ち明けた。



 報告を受けた主君は、一時は顔を伏せ、凄まじい怒りと嫉妬に身を焼かれているようだった。
 だが、やがて大きく息を吐くと、背もたれに深く身体を預け、冷徹な落ち着きを取り戻して口を開いた。

「……帝国で後継者争いが勃発した理由はそういうことだったのか。レオポルドとかいう野郎は、とんだ屑だな。第一王子でありながら魔力がないから廃嫡? 絵姿を見る限り、あの金色の瞳で魔力がないはずがない。おかしいと思ったんだ」

「……どういうことですか?」

 戸惑う私に、主君は苦々しく吐き捨てた。

「お前は、魔法を貴族の権威のお飾りにすぎないと思っているだろう? 現代において魔法を生活のために酷使するのは、恥辱(はじ)だと。だがな、それは実は建前に過ぎない」

 主君の言葉に息を呑んだ。

「建前、ですか?」

「強大すぎる力は争いの火種になる。だから各国で『魔法は単なるパフォーマンスだ』という風潮を流行らせ、国内貴族が力を持ちすぎることを防いだんだ。とはいえ、真理を理解している家は、今も裏で血の滲むような訓練を続けている。魔法を使うためにはそれが必須だからだ」

「……魔法を使いこなすためには、王女殿下だけではなく、皆あのような厳しい訓練をする必要があると?」

「ああ、魔力だけあっても、最初はたいした魔法は使えない。身体がついてこないからだ。血が滲むほど魔法を使い続けて身体をボロボロにした先に、姉上のように力を手に入れる」

 私は、手を血に染めながら魔法を使い続けていた王女殿下の姿を思い出した。そして、それに匹敵するだろう実力をみせた、あの夜会のソフィー様の魔法を思い出す。

「ということは、ソフィー様も幼少期から……」

「そうだろうな。俺はそんな努力家なソフィー嬢だからこそ、彼女を支える影となり、しもべとして……いや、パートナーとして隣に立ちたいんだ」

「……殿下が重度の姉至上主義(シスコン)に至った経緯を初めて理解しました」

「おまえなぁ……まぁいい。一方で、あの男はどうだ。第一子にしては魔力が控えめだったのも事実だろうが、弟に抜かれるまで訓練をサボり、挙句に不運を装って逃げ出したんだろう」

 ウォルジー伯爵家にきて鍛え直された主君の拳が、みしりと鳴った。

 レオポルドという男は、主君が喉から手が出るほど欲したその資質を持ちながら、ただただ努力を放棄したのだ。

「そんな屑が、廃嫡後に姿を消した。ソフィー嬢に帝国へ追い返されたはずだが、彼は国に戻らず、再びこの国へ密入国している。そこから先の足取りが、ぷつりと途絶えている」

「……嫌な予感がしますね」
「ああ。地道に潜伏先を突き止めるしかない。頼めるか」

 彼の指示に、私は一瞬、躊躇した。

「しかし、私が離れれば殿下の護衛が……」
「案ずるな。この屋敷にはソフィーお姉さまだけでなく、あのフルール嬢までいる。軍隊規模の侵入者でもない限り、庭を横切ることすらできやしないだろう」

 主君の言葉は、決して誇張ではない。
 魔力が封じられるような異常事態でも起きない限り、ここは王宮よりも遥かに安全な要塞なのだから。

 私は、主君がソフィー様をお姉さまと呼んだことにはあえて触れず、深く首を垂れた。

「承知いたしました……早急に調べをつけ、戻ります」