とある第二王子の側近の話(3)
そして、待ちに待った王家主催の春の夜会。
ウォルジー伯爵家のソフィー様と初対面のときが訪れた。
私は主君の数歩後ろで、その様子を冷や冷やしながら見守っていた。
主君が自慢の微笑みを浮かべて誘いかけた瞬間、ソフィー様の瞳に隠しきれない嫌悪が走ったのを、私は見逃さなかった。
……無理もない。
主君はあろうことか、初対面のご令嬢に対して距離感を誤り、既に相手を籠絡したかのような不遜な態度で接したのだから。
しかし、過剰な自信ゆえか、あるいは彼女の淑女の微笑みに騙されたのか。
彼女が精一杯絞り出した拒絶の言葉を「初めての夜会ゆえの緊張」と都合よく鵜呑みにし、彼は、その致命的な温度差に全く気づいていないようだった。
「案外、悪くない。いい嫁ぎ先になりそうじゃないか」
「そんなに上手くいきますかねぇ」
バルコニーへ移動し、誰に聞かれているかもわからないのに下心丸出しの本音を話し出した主君。
その無防備な背後で、私は本日何度目かも知れぬ深い溜息をついた。
あの伯爵令嬢は、主君が思うほど御しやすい純真な温室育ちではない。ましてや、隣にいたあの継母の、あの鬼気迫る眼差し……。
(ああ、これはもう、絶対に上手く進まない……最悪、主君はあのアリアーヌ様の元に送られることになるのでは?)
あまりに浅はかな見通しに、私はこれからの自分の苦労を思い、キリキリと痛み始めた胃のあたりをそっと押さえた。
だが、想定外だったのはここからだ。
その後、一度は会場に戻ったものの、ダンスのパートナーの座を狙うアリアーヌ様の執念深い追跡を逃れ、我々はすぐさま喧騒を後にする。
気だるげに夜の庭園へ向かう主君に付き従った先で、私は世にも恐ろしい光景を目の当たりにした。
庭園の茂みの奥で、暴漢に囲まれ、絶体絶命の状況にいる見覚えのある令嬢。
――ウォルジー伯爵家のソフィー様だ。
救出のために飛び出そうとした私を、主君が手を伸ばし、無言の制止で遮った。
何故、と問いかける暇もなかった。
そこから始まったのは、救出劇などという生易しいものではない。
蹂躙、だ。
王家の影として修羅場を潜ってきた私でさえ、思わず腰が引けるほどの圧倒的な暴力。
舞い散る風の刃は、男たちの武装のみならず衣服さえも無慈悲に細切れにし、最後には男たちを物理的に掃除して夜空の彼方へ放り投げた。
……あれが、魔法なのか。
私の知っている魔法は、貴族たちが祭典で見せる鮮やかなパフォーマンスだけだ。
シャーロット殿下の訓練の後片付けの際、残骸の様子から攻撃に転用した際の凄まじさは察していたつもりだったが、実際に目の当たりにするそれは、想像の範疇を遥かに超えていた。
あれにただの騎士が対抗するなど、到底不可能だ。
次元が、違いすぎる。
無邪気で残酷な風の精霊が去るように、ソフィー様がふらりとその場を立ち去る。
彼女の姿が見えなくなってようやく、私は金縛りから解かれたように、土の上で震える被害者の令嬢のもとへ駆け寄った。
令嬢を保護し、放心状態のまま医務室へと送り届ける道中。
私の思考は先ほど目にした絶望的な力に支配され、背後にいた主君が一体どのような表情を浮かべていたのか。それを窺う余裕すら残っていなかった。

