『お姉ちゃんだから』と我慢し続けてきた令嬢、ついにブチ切れる



とある第二王子の側近の話(2)



 ――動機には一抹の不安があるものの、王族の鑑として立派に成長された主君。
 そんな彼に転機が訪れたのは、成人を迎えた十八歳のときだった。

 姉上であるシャーロット殿下の右腕になりたい。
 その一心で、「自分には魔力もないし、婿に入る価値もない」と、あらゆる婚約の話を先延ばしにしてきた彼に、あまりに無慈悲な王命が下る。

 発端は、隣の帝国で勃発した後継者争い。
 万が一でも同様のことが我が国でも起こらないように。王位継承権を持つ者を整理し、国内の守りを固める必要が出たのだ。

 そこで第二王子である主君に下された命令は、早急に婚約者を定め、速やかに他家へ婿入りせよ。
 事実上の、王宮追放の宣告である。

 既に兄である第一王子は、王命に従い、即座に友好国の王女の元へ婿入りしていった。残るは、頑なに王宮へ居座り続けてきたジスラン殿下ただ一人。

 逃げ道は、完全に塞がれたのだ。





「どうせどこかの家に婿入りすれば、国政からは切り離されるのだ。ならば、もはやどこでもいい」

 机に並べられた釣書を無造作に放り出し、主君はベッドに身を投げた。
 あれから完全に目の光をなくした彼は、自室に引き籠もり、怠惰な生活を送っていた。

 主君は末っ子ゆえの気質か、人の懐に入るのが恐ろしく上手かった。それゆえ、事情を知らぬ者たちの間では、城のあちこちで心配の声が上がっている。

 共に政務に励んできた文官たちは、主君の空席を見つめては寂しそうに目を伏せ、共に汗を流してきた騎士たちは、急に姿を見せなくなった主君の身を案じては私を質問攻めにする。

 私としても、一刻も早く生きる目的を取り戻してほしいとは願うが、如何せん、この主君の絶望を癒やす術を持ち合わせていない。


「ですが、そのような投げやりな態度を続けておいでですと、現在最も家格が高く、何より情熱的に殿下を求めておられる、あの公爵家の令嬢に決まってしまいますよ」

「……あれだけは、死んでも嫌だ」

「でしたら、それこそ早く婿入りしたい家に打診しませんと」

「……ウォルジー伯爵家への視察許可はまだ出ないのか?」


 主君が目を付けているのは、王都の北方に領地を持つウォルジー伯爵家。

 若くして女当主が亡くなり、残された娘がわずか十歳で当主代行に就いたという経緯もあり、これまでは目立った動きもなく、最低限の領地経営がどうにか維持されていることを示す報告が続いていた。

 ところが、この一年で急速に目覚ましい発展を遂げているという。

 前当主の娘が成人し、正式に当主となったタイミングと重なることから、彼女は稀代の天才ではないかと王都の官僚たちの間でも噂になり始めていた。

 さらに社交界では、彼女の継母が始めたレンタルドレス店が話題をさらっていた。継母と義娘。確執があって然るべき関係だが、継母は当主である娘を心底慕っているという。その家庭円満な様子も、さらに彼女たちの評判を押し上げていた。


  成人を過ぎてなお婚約者がいない高位貴族の女性など、この国には数えるほどもいない。

 一人は、主君に熱烈な視線を送り続ける公爵令嬢アリアーヌ様。
 そしてもう一人が、前伯爵の早逝により後ろ盾を失い、相手を探す余裕すら持てなかった伯爵令嬢ソフィー様だ。

 ゆえに、あのアリアーヌ様を除けば、このソフィー嬢こそが殿下の嫁ぎ先としての筆頭候補といえた。

 


「『こちらからご挨拶に伺うべき身。殿下に来ていただくなど恐れ多い』と、今回も辞退の手紙が届いていますよ」

「ならばもう、王都に来てもらうしかないな。陛下もさすがにそろそろ呼び出すだろう」

「ご明察の通りです。次の夜会には、強制出席の命が下るようですよ」

「ようやくか。表に出てこない令嬢にいきなり求婚して、あのアリアーヌよりもひどい女だったら目も当てられないからな……ふん、これは楽しみだ」


 主君は、あの王女殿下の弟君である。

 闇夜を映したような艶やかな黒髪に、灰色がかった理知的な切れ長の瞳。
 少なくとも数ヵ月前までは、一日たりとも鍛錬を欠かさなかったその肉体は、今なお無駄なく引き締まっている。

 その血筋に違わず、人を惹きつけてやまない美貌の持ち主であることは間違いなかった。

 領地に引き籠もっていた伯爵令嬢など、自分のような見目麗しい男を前にすれば瞬く間に陥落させられる――そんな、傲慢とも言える自信が彼にはあるのだろう。


 主君の期待どおり、その潤沢な財力で美青年を甘やかしてくれる女性だとしたら、彼はこのまま確実に堕落していくだろう。

 反対に、それこそ公爵令嬢のように「絶対に嫁ぎたくない」と思わせるほど強烈なタイプなら、主君も嫌々ながら自分の行く末を真剣に考えざるを得なくなるはずだ。


「……ウォルジー伯爵家のご令嬢が、良くも悪くも主君の期待を裏切るような方だといいのだが」

 再び怠惰にふけりはじめた主君の背に、私は小さくため息をついた。