「……結局、王家から正式に打診なんてされたら、私たちに拒否権なんてないじゃない」
帰宅するなり、私は力なく呟いた。
初めての夜会に、王女殿下との対面。そして想定外だった王子からの性急な求婚。おまけに、久しぶりに摂取したアルコール。
精神的な疲労が限界に達した私は、そのまま自室へと閉じこもる。
あの日以来、初めて発動したお姉ちゃんの「引きこもりモード」に、屋敷の空気は一瞬で氷点下まで凍り付いた。
「あの寄生虫王子二号……! 我が家の至宝を、あんなに疲れ果てさせて!」
「お継母さま、お父さまもいるから寄生虫三号ではないかしら!? しかし、やっぱり王子様という生き物はろくなやつがいないのね……!! お姉ちゃんを苦しめる奴は、たとえ王族だろうと許さないわ!」
私を溺愛する家族たちの怒りは、今や沸点を超えて暴走を始めていた。
「いや、さすがに王家の暗殺計画はダメだ……! 家が、我が家が物理的にも歴史的にも地図から消える!」
オロオロと手を彷徨わせる父を完全に無視し、継母とフルールは一致団結して「いかにして王子を社会的に、あるいは物理的に処理するか」という物騒極まりない議題で盛り上がる。
「ソフィー! 頼むから出てきておくれ! このままではお父さんが、国家反逆罪の道連れで処刑されてしまう!!」
扉を叩き、二人の本気を察して泣き叫ぶ父。
その必死すぎる形相に、私の引きこもりは一時間と持たずに終了を余儀なくされた。
そんな大混乱の真っ只中に、諸悪の根源であるジスランからの使いが届いた。
差し出されたのは、もはや手紙というよりは辞書か魔導書かと思うほどの厚みがある、厳重な封蝋が施された親書。
それは、ジスランが己の醜態を恥じ、死力を尽くして書き連ねた分厚い謝罪文だった。
「……何よ、この厚さは。嫌がらせのつもり?」
継母が眉をひそめながら、もはや「鈍器」と呼ぶべき代物を慎重に開封する。
そこには、昨夜の失言に対する後悔とソフィーの気高さへの心酔っぷりが、叙事詩顔負けの熱量でびっしりと綴られていた。
家族たちは、回し読みしたその文面を前にして、しばし沈黙した。
あまりの必死さと、行間から溢れ出す重すぎる愛に、怒りを通り越して毒気を抜かれてしまったのだ。
「……さて。どうしましょうか」
「これはこれで……この人をお姉ちゃんに近づけるのは何か嫌だわ」
「ジスラン殿下は確か、公爵家が有力な婿入り先だったと記憶しているが……その話はどうなったのだろう?」
父の疑問に、継母が忌々しげに眼鏡を掛けなおした。
「ああ、公爵令嬢アリアーヌ様のことね。あの方はレンタルドレスを貧民の貸し衣装だと馬鹿にして、うちのドレスを纏ったお客様を王国の品位を落とす汚点だと散々侮辱して回ったのよ。そのせいで、どれだけ余計な苦労をさせられたことか」
「もしかして、そんな最悪な女から逃げるために、お姉ちゃんを身代わりにしようっていうの!? 冗談じゃないわ!」
「これは……もう少し、徹底的に状況を探ってみましょうか」
家族が深刻な顔で頷き合うのを、私は無理やり呼び出された部屋の隅で、他人事のように眺めながら紅茶を啜った。

