15. 王女殿下とのお茶会と第二王子の求婚
翌日。
私は恐れ多くも、第一王女シャーロット殿下から直々のお茶会に招かれていた。
参加者は王女殿下と継母、そして私の三人のみという極めて私的な席。
昨日が社交界デビューだった私への格別な配慮だというが――。
用意された場所が、よりによってあの庭園だった。
昨夜、私が酔った勢いであらゆる意味で「やらかしてしまった」現場である。
脳裏をよぎる断片的な記憶に、生きた心地がしない。おまけに二日酔いの頭痛まで追い打ちをかけてくる。
私は震える手で、白磁のティーカップを慎重に口元へ運んだ。
シャーロット殿下は、想像以上に気さくな方だった。若き当主として成果を上げる私に興味津々なご様子で、その歩みを聞かせてほしいと熱心に乞うてくる。
「すべては家族の助力があったればこそです」
謙遜ではなく、事実として正直に告げる私に、継母は「いいえ、すべてはお姉ちゃんの差配ゆえですわ」と誇らしげに言葉を重ねた。
逃げ場のない称賛の嵐に、王女殿下は満足げに目を細めた。
「ふふ。貴女が当主の鑑のような、高潔な人物だということばかりが伝わってくるな」
艶やかな黒髪を指先で弄びながら、殿下は楽しげに私を覗き込んだ。
だが、真っ直ぐに向けられる過分な評価が、今の私には得体のしれない嫌味にしか聞こえない。
昨夜の不法投棄が、本当はすべてバレているのではないか。
隣の継母に、お酒を飲んだことをバレるのだけは避けたい。
そんな疑念と不安で、私の胃はキリキリと悲鳴を上げるのだった。
ひと通りの他愛ない世間話を終えた頃。
シャーロット殿下がふと、どこか申し訳なさそうに伏せ目がちに口を開いた。
「……本当は、今日この話をする予定はなかったのだけれど。ソフィー嬢、よければ私の弟との婚約を前向きに考えてはもらえないだろうか?」
唐突な申し出に心臓が跳ねる。
殿下は「ふふ」と喉を鳴らす。まるで昨夜の光景を今この庭園に重ねているかのように、咲き誇る花々を見つめながら続けた。
「昔はね、私の背中を追いかけて『お姉さま、お姉さま』とそれは可愛らしく懐いていたのだけれど。実は昨夜の夜会が終わった直後にね、ジスランから……それはもう、何かに取り憑かれたような、熱に浮かされたような嘆願があって」
王子の「本音」――我が家の財力目当ての求婚であることを知っている継母が、パチン、と鋭い音を立てて扇子を広げた。
扇子の陰で、彼女が煮え繰り返る怒りを必死に押し殺しているのが手に取るようにわかる。
しかし、相手は王族だ。
拒絶の選択肢など、臣下にすぎない私たちに与えられているはずもなかった。
「……身に余る光栄にございます。ですが、娘にとって昨夜が初めての社交の場。未熟な身ゆえ、どうか……もう少しばかり、考えるお時間をいただけないでしょうか」
衝撃に言葉を失う私をかばうように、継母が決死の思いで答えを絞り出す。
不敬と断じられてもおかしくない先延ばしの申し出。
しかし、殿下は気を悪くした様子もなく、どこか愉快そうに目を細めた。
「ああ、構わないとも。あの子があれほど必死になるのは初めてでね。無理強いをして貴女に嫌われでもしたら、今度は私が弟に責められてしまいそうだ」
冗談めかして笑う王女。
その言葉の裏にある真意を測りかね、私と継母は複雑な面持ちのまま、その場を後にした。
お茶会を辞し、継母と二人、重苦しい足取りで馬車へと向かっていた時のことだ。王宮の豪奢な廊下を進む私たちの前に、あろうことかジスラン殿下本人が姿を現した。
驚きに目を見開く私を余所に、ジスランは迷いのない動きでその場に跪いた。
信じがたいことに、一介の貴族にすぎない私に対し――まるで一生を捧げる主君へ示すような、深い恭順の礼を捧げたのだ。
公衆の面前で繰り広げられたその異様な光景に、廊下を行き交う人々が足を止め、好奇と困惑の視線が集中する。その静かな、けれど熱を持った視線に、私のめまいはさらにひどくなった。
「このような振る舞い、困らせてしまうことはわかっている。だが、どうしても自分の口からも伝えたかったんだ」
高貴な身分である王族が膝をつく。その光景に、私はかつて同じように跪き、愛を誓いながら私を裏切った男――レオポルドの姿を重ねてしまう。
反射的に、苦々しい表情が顔を出してしまった。
「……王女殿下にも、少しばかりお時間をいただくようお願いしたばかりにございます。ですから、今ここで殿下にお返しできる言葉はございません」
私の拒絶に近い返答にも、ジスランは顔を上げず、切実な声を絞り出す。
「どうか……どうか、俺の誓いを受け取ってはいただけないだろうか」
そのとき、横で静観していた継母が、冷ややかな笑みを隠しもせず、一歩前へと踏み出した。
「あら、ジスラン殿下。我がウォルジー家をお望みでしたら、婿殿は至れり尽くせりの財力で迎え入れ、指一本動かさせずに一生笑わせて差し上げますわよ……何せうちのソフィーは、貴方様が仰った通り『引く手あまた』ですもの」
あからさまな皮肉。それが昨夜、彼が口にしていた「財布」や「何もさせずに笑わせておいてくれる家」という不遜な言葉を指していることは明白だった。
すべてを聞かれていたのだと悟ったジスランの顔から、一気に血の気が引いていく。
先ほどまでの騎士らしい凛々しさはどこへやら、彼は狼狽に顔を歪めると、私と継母に向けて、額を床に擦り付けんばかりに深く頭を下げた。
「――違うんだ。信じてもらえないかもしれないが、俺はあの夜、鮮烈に輝く貴女に出会い、心を入れ替えた。俺が欲しいのは金ではない。若くして当主を担い、領地を潤す貴女の圧倒的なまでの実力と輝き……その『影』となり、ただ一人のしもべとして仕えたいだけなんだ」
必死に床を這うその姿に、昨夜までの尊大な王子の面影は、微塵も残っていなかった。

