『お姉ちゃんだから』と我慢し続けてきた令嬢、ついにブチ切れる



14. お姉ちゃんはお酒を飲んでしまった




 会ったこともない私にあれだけ熱心に手紙を送ってくる男だ。どうせ下心があるのだろうと予想していた私は、傷つくことも憤ることもなかった。

 かつて捨てた粗大ゴミ(レオポルド)と似たり寄ったりの本音に、軽い吐き気を覚えたものの、冷静になってみれば、想定の範囲内だと拍子抜けしたくらいだ。

 とはいえ、第二王子のあからさまな求婚の理由にすっかり疲れてしまった私は、憤怒に燃える継母と怯える父からそっと離れ、会場の隅へと逃げ込んだ。


 華やかな喧騒を遠巻きに眺めながら、喉の渇きを癒そうと手に取ったのは、琥珀色に輝く液体が注がれたグラス。

「……あ、これ、美味しい」

 家族から今回のパーティーにあたって、厳しく……というより、泣いて懇願されていたのは「絶対に飲酒しないこと」。
 フルーティーな香りに誘われて一口飲んだそれは、よりにもよって、我が家の名産の洋梨の果実酒(ポワレ)だった。


 アルコール分が極めて低く、ジュースのように飲みやすいことで人気の品だが、今の私を酔わせるには、そのたった一口で十分すぎた。




 グラスを空けて数分も経たぬうちに、視界がふわふわと心地よく揺れ始めた。
 それと同時に、身体の奥底から凄まじい熱がせり上がってくる。

 アルコールが呼び水となったのか、私の膨大な魔力が、主の制御を振り切って暴れだそうとしていた。

「……あつい。ちょっと、風に当たってこようかな……」

 覚束ない足取りでテラスを抜け、月明かりに照らされた静かな庭園へと踏み出す。冷たい夜気が肌を撫でるが、内側から燃え上がる熱は収まるどころか勢いを増していく。

 ――そのときだった。


「いやっ! 誰か、助けて……!」

 茂みの奥から、切羽詰まった悲鳴が響く。

 普段の私なら、まずは警備の騎士を呼び、それから周囲を索敵しただろう。だが、酒のせいで判断力が最強の脳筋モードに切り替わっていた今の私は違った。

 考えるより先に、私は邪魔な生垣を風の刃で一文字に切り裂き、魔力を全身に纏わせたまま、悲鳴の主の元へと一直線に躍り出た。


 そこにいたのは、怯える令嬢と、彼女を組み伏せようとする下卑た面の暴漢たち。彼らは私を認めるなり、さっと目配せし、こちらを新たな獲物と定めたように、口角を醜く吊り上げた。

「おい! 見られたぞ!」
「女一人だ、まとめて遊んでやれ!!」

「……うるさいなぁ。頭が痛いのよ。静かにして」

 彼らが腕を伸ばすより速く、私はパチンと指を鳴らす。
 次の瞬間、目に見えぬ風刃が暴漢たちの腰元の武器を紙細工のように切り刻み、鉄屑に変えて地面にぶちまけた。

「は……?」

 ついでに、私の魔力は勢い余って彼らの衣服までも無残に細切れにしていた。露わになったむさ苦しい肉体に、私は喉元からせりあがってくる不快感によって目をそらした。

「え、やだ。なんでこんなところで服を脱いでるのよ!!」

 汚い虫を払い除けるように右手を振る。
 直後、悲鳴を上げる暇さえ与えず、彼らの身体は後方の石壁に弾き飛ばされ、地響きのような鈍い音を立ててめり込んだ。

 まさに一瞬。
 抵抗の余地すら与えない、あまりに一方的で理不尽な蹂躙。



 冷たい夜風が、ふっと頬を(くすぐ)る。
 壁に埋まって白目を剥く男たちを見て、私はようやく少しだけ理性を取り戻した。


 ――マズいわね。
 正当防衛の余地はあるにせよ、王家主催の夜会でこれほど派手に石壁を破壊したのはマズい。

 何より、お酒を飲んだことが家族にバレる。
 それは当主としての私の威厳に関わる重要な問題……ひいては、明日からの自由に関わる死活問題だ。


「…………消すか」


 ヒュオオオオオッ!
 軽く右手を振るった瞬間、大気が悲鳴のような唸り声を上げ、極小の竜巻が生まれた。

 私が毎日屋敷の埃を排除してきたあの魔法だ。渦は凄まじい吸引力で武器の破片や男たちを、慣れた手つきの掃除のように回収していく。

 綺麗にゴミが無くなったのを確認すると、私はそれらを夜空の彼方、国境の向こう側あたりを目指して豪快に放り投げた。




 再び、しんとした静寂が戻る。
 そこには、重機で抉り取られたような壁の跡と、腰を抜かした令嬢だけが取り残されていた。

「ひっ……あ、あの……」
「しーっ……」

 震える彼女の唇に、私はそっと人差し指を当てた。
 アルコールに潤み、怪しく光るペリドットの瞳を細める。悪戯っぽく、けれど有無を言わせぬ絶対的な重圧を込めて囁いた。

「貴女は少し道に迷っただけで、何も見なかった。……これは、二人だけの秘密よ?」

 彼女は小動物のように手足を縮こませ、恐怖と困惑に震えながら、必死にコクコクと首を縦に振る。
 まるで可愛い義妹を慈しむように、その頭を一度だけ優しく撫で、私は満足げに微笑んだ。

「いい子ね」

 ふわり、と夜風に髪をなびかせ、私はそのまま千鳥足でその場を去った。