『お姉ちゃんだから』と我慢し続けてきた令嬢、ついにブチ切れる



13.初めての夜会と第二王子の本性





 鏡の中に立つ私は、見渡す限りの葡萄畑の先に広がる、深い森から迷い込んだ精霊のようだった。

 継母の丹念な手入れによって艶やかな光を取り戻したアイスグレージュの髪は、緩やかなウェーブを描いて肩に流れ、銀色の光を反射している。
 その静謐な髪色とは対照的に、黄緑色の瞳に合わせた淡いグリーンのドレスは、エメラルドよりも澄み渡り、摘みたての若葡萄(マスカット)よりも瑞々しい。

 そこには春の息吹を感じさせる可憐さと、若き当主としての気高さが同居していた。



 完璧に武装を整えた私は、めまいがするほど豪奢な城の廊下を歩く。

 隣では、見違えるほど逞しくなった父が腕を貸してくれていた。撫でつけられたミストグレーの髪に、筋肉で引き締まった身体のために新調したスーツ。
 とてもではないが、成人した子持ちとは思えない精悍さだ。

 ……だが、その動きはどうにもぎこちない。
 フルールによって鍛え直されたその逞しい姿も、継母が冷たい視線でいなすたびに眉を八の字に下げてしまうせいで、少しばかり台無しであった。

 対する継母は、深い夜を思わせるミッドナイトブルーのドレスを纏い、落ち着いた貴婦人として佇んでいる。
 余計な装飾を削ぎ落とした装いは、彼女自身の研ぎ澄まされた気品を際立たせると同時に、主役である私の存在をいっそう鮮やかに引き立てていた。



 ホールから漏れ聞こえる賑やかな声が大きくなるにつれ、私の緊張は高まっていく。

「お継母さまはいつもこのような戦場で戦っていらっしゃったのね。尊敬するわ」

「……私は、自分勝手に振る舞っていただけ。お姉ちゃんにそう言っていただけるような立派な人間ではないわ」

 継母は視線を落とし、自嘲気味に微笑んだ。
 その横顔には、かつての過ちを悔いるような陰りがある。

「でも、お継母さまがいてくれたから、今日の私は自信を持ってここに立てるのよ……本当よ?」

 私の言葉に、継母はフルールによく似た顔を綻ばせ、隠しきれない喜びをその表情に滲ませた。私も彼女の笑顔で少し緊張が解けたのか、冷たくなっていた指先に暖かい温度が戻ってくる。

「さあ、いきましょうか」




 眩い光に満ちたホールへ足を踏み入れると、継母の姿を見つけてか、瞬く間に華やかなドレスを纏った淑女たちが押し寄せ、私たちを囲い込んだ。

「イザベル様。まあ、もしかしてその方は……」

 期待に満ちた視線を真っ向から受け、継母はあえて一歩後ろへ下がった。そして、社交界を席巻する実業家にふさわしい、凛として隙のない笑みを湛える。

「皆さまにご紹介いたします。私が仕える若き主人――ウォルジー伯爵家当主、ソフィー様です」

 一瞬の静寂のあと、波が広がるように感嘆の声が広がった。

「とうとうお会いできましたのね……!!」
「イザベル様のお店の素敵なドレスのおかげで良縁に恵まれましたのよ!!」
「お酒が苦手で……でも、洋梨の果実酒(ポワレ)が出てから夜会が楽しみになりましたの!」

 堰を切ったように溢れ出す称賛の声。継母はそれらを優雅に捌きながら、私への挨拶が滞らないよう、淀みない手際でご婦人方を導いていく。
 彼女の確かな庇護を感じながら、私は贈られる歓迎の言葉の一つひとつに、当主としての微笑みを返していった。


 一方で、少し離れた場所で私たちを見守っていた父も、思わぬ注目を浴びていた。

「あちらの素敵な殿方はどなたかしら?」
「まあ、なんて精悍な……」

 そんな囁き声が漏れ聞こえてくる中、当の父は、慣れない視線に戸惑いながらも、私と継母の「戦い」を邪魔せぬよう、必死に背筋を伸ばして立っていた。




 そのとき、賑やかだった人の輪が、割れるように左右へと引いた。
 ざわめきは瞬時に静まり、その場にいた全員が深い敬礼を捧げ、道を作る。

 現れたのは、この国の第一王女にして次代の王――シャーロット殿下だった。

 夜の闇を溶かし込んだような黒髪に、すべてを見透かすような黄金の双眸。身体のラインをなぞる真紅のドレスが、彼女の溢れんばかりの魅力と威厳をいっそう引き立てている。

 その自信に満ちた圧倒的な存在感に、私は思わず息を呑んだ。

「イザベル。やっと、連れてきてくれたんだな」

 王女の視線が私へと注がれる。継母は静かに、けれど完璧な所作で頭を垂れた。
 私も隣で深く腰を落とし、この日のために練習を重ねたカーテシーで最大限の敬意を示す。

「ご挨拶申し上げます、王女殿下」
「顔を上げて……夜会では型通りの話しかできないのがもどかしいな」

 シャーロット殿下は、悪戯っぽく、けれど絶対的な支配者の笑みを浮かべた。

 先日粗大ゴミ(レオポルド)として捨てた男の、うわべだけの柔らかな金色とは対照的だ。私をまっすぐに見つめてくる黄金の瞳の奥では、濃密な魔力が陽炎のように揺らめいている。
 王家の人間は、その御身を守るために、現代にあっても戦時下のごとく魔法を磨き上げていると聞き及んでいたが――この御方は、間違いなく強い。

「明日、お茶会を催す。そこへ来ていただけないかな? ゆっくりお話ししたい」

 それは招待という名の、逃れられぬ命令だった。
 射すくめるような視線に貫かれ、私に拒否権など残されているはずもない。

「……謹んで、お受けいたします」
 私の絞り出すような答えに、王女は満足げに目を細める。

 こうして、私の当主としての初陣は、息つく暇もなく翌日の王宮へのお茶会へと繋がってしまった。