『お姉ちゃんだから』と我慢し続けてきた令嬢、ついにブチ切れる



12.王家からの招待状




「王家から、今度の夜会に出なさいって」

 風呂上がりの私の髪に、継母がとろりとした香油を塗り込んでいく。
 私は椅子の背もたれに首を投げ出し、広げた書類に目を通しながら、その手つきに身を任せていた。髪の手入れが終われば、次は指先のマッサージが待っている。

 いつからか継母は、私の令嬢らしからぬ身だしなみへの無頓着さに痺れを切らし、こうして甲斐甲斐しく世話を焼くのが日課になっていた。


「第二王子から視察の打診なら何度かありましたけれど、まさか両陛下直々に?」

 継母が驚きに手を止めると、部屋の隅で今日の授業の復習をしていたフルールも顔を上げた。
 その隣では、父が娘のために指先を真っ黒に染め、一心不乱に貴族教育の試験問題を作成している。

「そのまさかです。前当主だった母が亡くなって以来、『喪中だから』『領地が大変だから』と逃げ回ってきたけれど、さすがにもう言い訳も限界だわ」

 私が正式に当主に就任してからの伯爵領の快進撃は、自分でも目を見張るものがある。

 継母のレンタルドレス事業は国の流行を牽引し、彼女自身、次期女王のお茶会に招かれるほどだ。父とフルールが共同開発した洋梨の果実酒(ポワレ)は夜会の定番となり、本業の葡萄酒の売上も右肩上がり。

 極めつけは、フルールが心血を注いだ洋梨(ラ・フランス)。これまでの梨の概念を覆す芳醇な果実として、今や国中が注目している。


 これだけの成果を上げれば、当然、王家もその立役者を放っておいてはくれない。

 正直に言えば、領地経営と家族の更生……もとい、新事業の運営に手一杯で、社交どころではなかった。いえ、本音を言えば、お洒落に疎い私にとって、夜会なんて面倒以外の何物でもないのだけれど。

 けれど、手元にある半強制的な招待状を前には観念するしかない。



「さすがに、もう断れないわね」

「でも、お姉ちゃん。レンタルドレス事業という令嬢たちの救世主を生み出したお姉ちゃんに会いたがっている女性は、山ほどいらっしゃるのよ。お姉ちゃんが表舞台に出たら、きっとみんな大喜びだわ」

 継母は嬉しそうに声を弾ませながら、私の髪を梳く。「お姉ちゃんの瞳の色に合わせるなら、爽やかな香りがいいわ」と選ばれた柑橘系の香りが、ふわりと鼻をくすぐった。

「もちろん、そのときは私が誰よりも美しく、可憐に着飾りますからね!」

「…でもさぁ。お母さまから話を聞いている人たちが会いたがるのはわかるけど、その第二王子とかいう男は何が目的なのかしら」

 レオポルドの一件以来、すっかり王子という生き物を毛嫌いしているフルールが、嫌悪感を隠さずに会話に混ざり込んできた。

「十中八九、お姉ちゃん狙いでしょうね」
「そうなの?」
「フルールの貴族教育はどこまで進んだの?」

 私の問いに、フルールは模範生のようにピシッと手を挙げて答えた。

「この王国の歴史と貴族のしきたりを少し覚えたわ!」
「では、我が国の次代を担うお方のお名前は?」

「第一子が王女様で、その方が王位を継がれるから、シャーロット様ね。この国では魔力を正しく受け継ぐために、最も魔力の多い子どもが当主になるんでしょう?」

「ええ、合格点よ。……正確には、魔力は原則として第一子にそのほとんどが引き継がれるの。帝国のあの粗大ゴミ(レオポルド)のように、第一子の魔力が低かったケースは極めて異例なことよ」


「……実際、次女の私は全く魔法を使えないわ」
 継母のイザベルが、ぽつりと零す。

 彼女の実家は代々「炎の魔法使い」を輩出する家系だが、魔力をすべて受け継いだのは彼女の姉だった。
 父やフルールのような次男次女であっても、貴族の血筋なら簡単な魔法くらいは使える者は多い。だが継母の家では、姉のみに力が集中し、彼女には欠片も残らなかったという。

 魔力の有無が、良縁や地位に直結する世界。彼女がかつて実家で冷遇され、その反動で散財に走っていた理由もそこにある。



「そういう理由で、次代の女王はシャーロット殿下で決定事項よ。そんな中で、あのお隣の帝国で後継者争いがあったでしょう? 」

「あの金髪のなよなよしい元王子様(粗大ゴミ)の件ね」
「フルール。家の中ではいいですけど、外では発言に気を付けるのよ」
「はい! お姉ちゃん!」

「我が国の王家の第二子――つまり第一王子は、帝国のような失態を避けるために早々に他国へ婿入りされたわ。残るは、まだ婚約者の決まっていない第三子のジスラン様だけね」

「つまり、そのジスラン王子とやらは、婚約者候補としてお姉ちゃんを狙っているのね!」

 なぜか好戦的にギラギラと目を光らせるフルール。
 彼女は誰に似たのか、興奮するとすぐに魔力が漏れ出てしまう。机の上に飾られていた薔薇の棘が、意志を持った針のようにメキメキと鋭く伸びた。

「危ないわよ」

 私はそれを風の刃でサクッと切り落としながら、重たいため息を零した。