「……お帰りいただきましょうか」
私の言葉をきっかけに、家族が待ってましたとばかりにレオポルドに詰め寄る。
「お姉ちゃんは私たちの宝物なの! お父さまみたいな『寄生虫二号』に渡すわけないでしょ!」
「帝国の情報は私も仕入れてますけれど、あなた、王位を自ら捨てたのではなく、王の器に非ずと切り捨てられただけでしょう!」
「自分を棚に上げて言うが、おまえはダメだ! 帰れ! ソフィーは僕たちが守るんだ!」
父が指先を向けると、再教育で鍛え上げた水魔法が放たれた。かつての濁った泥水は、今や狙い違わぬ高圧洗浄の域に達している。
「ひっ、冷たっ! な、なんだこの水は!?」
白く輝いていたはずの騎士服は、一瞬にして汚れきった泥水で塗り潰され、見るも無惨な斑模様へと成り果てた。そこへ、継母が扇で口元を隠しながら、これ以上ないほど冷ややかな蔑みを投げかける。
「あら、酷い臭いですこと……そんな薄汚れた『粗大ゴミ』、我が家の玄関先に置くことすら不愉快ですわ」
あまりの屈辱に顔を真っ赤にし、逃げ出そうとしたレオポルドだったが、フルールがそれを許さなかった。
「帰る前に、お姉ちゃんに謝りなさいよ!」
彼女が愛でていた庭の植物たちが、主人の意志に応えるように一斉にその蔦を伸ばす。蛇のようにうねる蔓は、レオポルドの豪華な革靴を冷酷に捕らえ、その体を派手に引き倒した。
「あがっ……!?」
見事なまでに顔面から石畳へ突っ伏した元王子の姿に、求婚してきたときの麗しさは欠片もない。
かつては私を冷遇していたはずの家族が、今は私の盾になろうと必死に牙を剥いている。
そのあまりの剣幕と、勝手すぎる「王子様」の情けない顔がおかしくて。
やいのやいのと騒がしい家族を背に、私は視線を上げ、遠く広がる豊かな領地を眺めた。
自分が泥を被ればいいのだと、ただ独りで全てを背負い込もうとしていた少女の面影は、もうどこにもない。
この目の前の元王子様を片付けたら、今夜はみんなで義妹と父が共同開発した洋梨の果実酒で乾杯しましょうか。
家族からお酒禁止令を出されてしまった身だけれど、酒精の弱い新商品なら、一杯くらいであれば問題ないはずだ。
私が手を差し伸べると疑いもしない、あまりに幼く、傲慢な目。そんな瞳で見つめてくる滑稽な男に、私は貴族らしい笑みを浮かべ、指先に魔力を纏わせた。
「レオ。あなたは私を『支えてくれる便利な道具』だと思っていたようだけれど……今の私は、あなたを『支える価値のないゴミ』だと判断したの」
「そ、ソフィー?」
ああ、皆の言うとおり。
よく見たら、レオポルドは無能だったあの頃のお父さまと同じ顔をしていた。
「私の魔法は、家族と領民を守るためにあるの。役立たずの貴方の入る余地なんて、この屋敷には風の一吹きが入る隙間もなくてよ」
私が指先をパチンと鳴らすと、それを合図に広間で逆巻く烈風が吹き荒れた。
「うわ、あわわわっ!?」
情けない悲鳴と共に、膝をついていた元王子は文字通りゴミのように舞い上がり――遥か帝国の方角へと、一筋の流れ星となって消えていった。
家族たちが拳を突き上げて、それを見送る。
「さすが、お姉ちゃんの魔法だわ!」
『お姉ちゃんだから』
それはもう私を縛る鎖ではない。
私は私の意志で、この愛すべき「家族」たちと共にどこまでも歩いていける。
――この家の『お姉ちゃん』として。

