一番手がかかったのは、父だ。
彼は元々、争いごとを嫌うと言えば聞こえはいいが、要するに面倒なことから逃げ続けてきた男だった。
私が当主になってからも、どこか他人事で、温かいスープとふかふかの寝床が約束されていると信じ切っている節がある。
「お父さま、これ。今日のノルマです」
私は執務室の椅子に深く腰掛けたまま、呼び出した父の前に、濁った安ワインの入ったグラスを置いた。
「な、なんだいこれは……ひどい匂いだよ。まるで雑巾を絞ったような……」
「ええ、領民が飲んでいるのはこれ以下の代物です。お父さまの仕事は、水魔法で不純物を取り除き、強制的に熟成状態へ精製すること……これからお父さまの夕食の飲み物は、そのひどい匂いの液体になりますから、必死に頑張ってくださいね」
「そんな、殺生な……!」
「殺生? ろくに仕事もせず、穀を潰すだけの殿方に、練習用の酒まで出してあげる優しいお姉ちゃんに向かって、何か文句でも?」
挑発するように見上げると、父は情けない顔で、恐る恐る瓶を手に取った。
彼に自発性やら責任感などを期待しても無駄なのだ。
けれど父は、食い意地に関してだけは譲れない執着を見せる。現に、朝食のスープの味付けだけは、今や私よりも上手く仕上げるようになっている。
ならば必要なのは、退路を断つ的確な指示。
そして、成果を出さねば餓えるという適度な危機感だ。
もしも父がまた怠けたとしても、夕食のワインが安物で済む分、経費が浮くだけの話。私が父のためにこれ以上時間を割くのも無駄だし、ひとまずは、これでよしとしよう。
贅沢三昧だった継母は、没収されたドレスの山を前に絶望していたが、私が「レンタル業」という逃げ道を示すと、生き残るために必死で帳簿と格闘し始めた。
父は、毎日泥水を飲むような苦行――水魔法による精製作業に没頭し、かつての肥満体型は見る影もなく引き締まった。
そして義妹のフルール。彼女は私が強制した教会通いと土弄りの中で、初めて「自分の力で何かを育てる喜び」に目覚めていった。
最初は恐怖から始まった変化だった。
けれどウォルジー伯爵家は徐々に、確実に生まれ変わっていった。

