Fahrenheit -華氏- Ⅲ


思わずパワーウィンドウを開けて


「どうしたんですか、その髪」とあたしは目を開いた。


「いや……この歳でブラブラしてるのもな~って思って、真面目に?就活しようかと…だいぶ遅いけど。昨日帰ってすぐ24時間のドラッグストアで黒染め買ってきて夜中中やってた」


「夜中中?葵さんの所お風呂がなかった筈では?」


「うん、だから共同洗面所で洗い流した。ホントはダメだろうけどね~」


いや、たぶん絶対ダメだろう。


「何故、急にそんな風にお思いに?キャバクラの仕事をそれなりに楽しそうにしていたじゃないですか」


「うん、まぁ楽しいよ。でも瑠華ちゃんたちみたいに昼働いて夜アフターファイブを楽しむのも悪くない気がしてさ。それに…」


「それに?」





「俺、変わろうと思うんだ。



この歳で遅いかもしれないけど」




葵さんの目はいつものふざけた視線じゃなく、いつになく真剣そのものだった。それは変化を恐れていない瞳そのもの。


「いいんじゃないですか、何事もスタートすることに遅すぎることなんてありません。その気持ちがあれば」


無難な答えを返したが、葵さんは窓枠に手をついて中を覗き込んでくると



「だからサ、瑠華ちゃんも変化を恐れず、変わろうよ」



「え―――?」



「瑠華ちゃん、元カレに未練はないって言ってたけど、それって嘘だよね」


やっぱり通じなかったか。しかしそれを表情に出すことなく


「私の気持ちは私だけのものです。葵さんに理解して欲しいと思いません。そう言うクダラナイ話でしたら私は行きます」


「クダラナイとか言うなよ。瑠華ちゃんは変化を怖がってる」


葵さんは笑っていなかった。かといって怒っているようでもない。


バンっ!


あたしはハンドルを両手で叩いた。流石にこれには葵さんもびっくりしたのか少しだけ身を後退させた。


「私がこの数か月でどれだけ変化をしてきた、と?あなたはお分かりですか?知ったような口利かないでください」


そりゃ、あたしだって変われるものだったら変わりたい。いつまで経っても啓への想いを断ち切れない自分に変化をもたらしたい。


けれどそれだけはどうしてもできない。





あたしは―――何でこんなに啓を好きになっちゃったんだろう。


好きになる前に、止めるべきだったのだ。


けれど気づいたら好きになっていた。


啓はこんなあたしに愛を教えてくれた。


それに応えたいと思った。


啓はあたしが欲しいものをくれる。(そうじゃないものもくれるけど)


こんな人とは二度と逢えないだろう。


そして啓への愛に変化をもたらせたら、あたしは今度こそもう二度と誰かを愛することなどなくなる。


それは変化をすることより怖いことだ。