Fahrenheit -華氏- Ⅲ



俺は瑠華とカウントダウンしたい。


本音が口から出そうになったが、それを言ってしまったら瑠華が困るに決まっている。


ただでさえ瑠華の心の中には最愛の娘ユーリとカウントダウンが出来ないことを悲しんでいるに違いない。


憎きマックスの存在すらなかったら。


俺は殆ど何も考えずる瑠華の華奢な肩を抱き寄せていた。


瑠華は最初戸惑った様子を見せたものの、特段嫌がった様子はなさそうだった。瑠華がそっと俺の肩に頭を乗せてくる。


いつもと少し違ったシャンプーの香りだったけれど、これはこれでなかなかいい。


瑠華の髪がさらりと俺の頬を撫でる度、くすぐったさと嬉しさが俺の胸の中で膨れ上がる。


こうやって――――俺はずっと瑠華を抱き締めたかった。





「今日は、ここに居なよ」




瑠華がちょっと顔を上げまばたきする。


「や!何もしないから!何かしそうになったら叫んで瑞野さんを起こしていいし」と慌てて言うと瑠華はくすっとちょっと笑った。


「あなたはいつも強引に何かしてきたことないじゃないですか」


それって信用されてるってこと??それともそこまでする度胸がないと思われてる??


どっちでもいいや。瑠華と一緒にどんな形であろうと一緒に過ごせるんであれば。


「明日は?ユーリに会いに行くの?正月までいるんだろ?ヴァレンタイン家は」


瑠華は少し考えるように顔を伏せ、やがて顔をゆるやかに横に振った。





「会ったら―――離れがたくなる。それにあの子とはもう会えない。彼女に母親という存在をそれほど植え付けたくないです」




「それは―――……それは…」


無理だよ。どんなに幼かろうと、母親の存在は絶対だ。ユーリが大きくなっても絶対に忘れることができない絶対的存在。


だって自分を生んでくれた大切なひとだ。ましてや捨てたくて捨てたわけじゃない。いずれユーリが大きくなって母親の立場になったときその偉大さに気づくだろう。


その言葉は口にできなかった。


「明日はゆっくり家にいます。今日は色々あって疲れたから」


瑠華は悲しそうに微笑み、飲みかけのワインを口にした。


おいしい


まるで愛おしいものを見る目つきでワイングラスのワインを包み込む瑠華の瞳は、やはり聖母マリアのように慈愛に満ちていた。


できれば、この未来(さき)に瑠華とユーリ二人が幸せになって笑い合える日が来ることを


俺は願った。