Fahrenheit -華氏- Ⅲ



何てことだ。


瑞野さんの持っていた”爆弾”は想像以上のものだった。


確かにこれを暴露したら二村はあの会社にはいられなくなる。


だが、何故瑞野さんはこの爆弾を未だに公開しない。


緑川の妊娠が嘘だと分かっているから効力を発揮しないと思って、のことか―――


いや、違う。


他に何か理由がある筈だ。


こんな二村のバカげた計画に協力する気があるのか、いや、協力する気があるならこの動画を俺に見せてくるわけはない。


それに、瑞野さんは今まで何だかんだと言い二村のいいなりだった。稟議書の横流しがいい例だ。


だが瑠華の作った稟議書は―――二村と瑞野さん二人は知らないがあれは―――”公式”なものだ。


それは俺と瑠華しか知らない事実。





まさか―――





狙うは次回の株主総会。


二村は”偽”と思わせた稟議書を突きつけ、親父を退任に追いやる計画を立てている。役員たちも集まるだろう。


瑞野さんもその時を狙っている、ということか。


最も効力のある日を―――狙っている―――と言うわけか。


そう考えていると


「――――っう……」瑞野さんが小さく声をあげ、慌てて両手で口を覆った。


瑞野さんを見ると顔色が真っ青だった。


自分が撮った動画だと言え見返して気分が悪くなったのかと思ったが、瑞野さんは慌てて立ち上がるとバスルームへと走っていった。


何かがおかしい。そう考えると同時に俺も瑞野さんの後を追った。


酒に酔ったのか?いや、瑞野さんはアルコールを口にしていない。


「どうした!」


開けっぱなしにされたバスルームの扉からそっと覗くと、瑞野さんは便器に向かって吐いていた。


「大丈夫か!」


思わず瑞野さんの背中に回り込んで背中をさする。瑞野さんは今日一日あまり口にしていなかったのだろう、吐くものもないのに、激しく咳き込んでえずいていた。苦しさか目の端に涙が浮かんでいた。


瑞野さんはここに来ても殆ど料理を口にしていない。と言うことは何かに当たったってわけじゃない




「まさか―――二村との―――」





俺は目を開いた。


桐島が調べてくれて薄々勘づいていた……と言うか想像はしていたが、今まで真実だと捉えていなかった平和な自分を呪った。


瑞野さんは涙が溜まった目を何とかまばたきして


「……言わないで……二村くんには言わないでください……」


俺のスーツのスラックスを力強い手で握ってきた。


考えたら思い当たるフシが多すぎた。


少し前に瑞野さんが俺の家に来たとき、そのとき二村が襲撃してきたときも―――彼女はとても不安定だった。


瑠華は――――きっとこのことに気づいていたのだろう。


だから瑞野さんのことを出向と言う形で異動させたのだ。自分の目の届くところで彼女を見守るために。


思い返したら瑠華は瑞野さんが私服で出社することに何も言わず、そして重いものを絶対に持たせようとしなかった。


食事もなるべく一緒に摂っていた。




瑠華――――




何で言ってくれなかったんだよ。


俺を――――もっと頼ってくれよ。