Fahrenheit -華氏- Ⅲ



『空ちゃんはそれでいいの?自分の小さいときお父さんが居なかったこと思い出さないの?悲しくなかったの?寂しくなかったの?


酷いよ』


瑞野さんの本心だろう。俺を脅してきたときと同じ種類の声だった。それぐらいの気迫を感じる。


つまり瑞野さんはこの時点でこの計画には心から反対だったと言うことだ。


『寂しくなかったね、父親から認知されなかった哀れな子だと後ろ指さされたことは悔しかったが。それに托卵を偽ったとは言え俺は認知はするつもりだ。俺の父親よりマシだと思うけどね。


葉月との子供より俺には



みゆきの方が大事なんだよ』



二村はそれはそれは優しく瑞野さんの頬を撫で上げる。


『お父さ……瓜生常務のことはどうするつもり……まさか実の父親も……』


『今は父親だと思って媚びてるがアレももう歳だ。何か理由をつけて早々に引退をさせるつもりだ。そうしたら会社は完全に俺の物』




『悪魔よ』
悪魔だ―――




俺の心の声と瑞野さんの声が重なった。


『何とでも言ってくれ。俺は欲しいものはいつだって全力で手にしてきた。みゆき、お前もだ。


勇馬もお前のこと狙ってたみたいだけど、それが分かったから俺は勇馬より早くお前を俺のものにした』


瑞野さんが愕然としたように、肩から力が抜けていくのが分かる。両腕をだらりと下ろし、ただ呆けた目で二村を見ている。




『でも俺も鬼じゃない。お前が神流部長が好きと言うのなら俺が葉月と離婚するまで好きにしていい。ただ―――


俺は絶対にお前を手に入れる。そのときはどんな手を使っても神流部長からお前を奪う』




『空ちゃん、変わっちゃったね……』


瑞野さんは―――過ぎ去りし青春時代を懐かしむように宙を見上げた。





『人は誰でも変わるものだ。誰しもあたたかな春の中で生きてはいけない』





動画はそこで終わっていた。