Fahrenheit -華氏- Ⅲ


二村は泣きじゃくる瑞野さんを宥めるようにそっと抱きしめ、


『分かってるよ、俺に対する当てつけだってことも』


瑞野さんは嗚咽を漏らしながら二村の腕の中肩を震わせている。


『だが、これはずっと前から計画してたことなんだ。分かってくれ、とは言えないけれど、やっぱり分かって欲しい。


俺とお前の未来の為に』


『未来の為に―――?』瑞野さんが顔を上げる気配がした。


瑞野さんは泣いていたんだろう。涙を優しく拭う二村の仕草が見て取れた。





『ああ、葉月は俺の大事な駒に過ぎない。結婚も計画の一部に過ぎない。


俺が望むのは緑川副社長のチンケな席じゃない。





神流グループそのものだ』




神流グループ――――



どうするつもりだ。俺は我知らず親指の爪を噛んでいた。


二村は一体何を計画してるって言うんだ。


『まずは葉月と結婚して緑川派の中枢に入り込む。折を見て葉月が実は俺の子ではないことをあのタヌキオヤジに暴露する』


は―――?


『どう……やって…?だって空ちゃんの子供なんでしょ?DNA鑑定したらわかるじゃない』


『そんなの幾らでも偽造できる。俺は托卵された哀れで可哀想な男。おまけに葉月は親の手にも余るじゃじゃ馬ときている。それを餌にタヌキオヤジの持ち株を全部奪ってやる』


『そんなことって―――』瑞野さんが再び口元に手をやり目を開いた。


俺も目を開いた。まさか二村にそこまで壮大な計画があったなんて。


それにしてもひでぇ話だ。緑川の好意に付け込みながら托卵を装うだと?


俺も―――俺だって人のこと言えない。真咲に堕胎させておきながら人のこと言える立場じゃないが、少なくとも真咲が俺の子を産んだとしたら認知はするし、結婚だって考えてたに違いない。それが叶わなくてもせめて養育費を払うとか、自分の子供だったら愛するに違いない。


『なぁみゆき、俺の親父のこと知ってるだろ?』


瑞野さんは何とか小さくこくんと頷き『瓜生常務―――でしょ……』


『そうさ。父さんの株と緑川副社長から取り上げた持ち株を合わせたら51%以上。これで会長を退任に追いやれる』


『何言ってるの!そんなこと簡単に行くわけないじゃん!』


瑞野さんが再び立ち上がろうとしたが、二村がそれを制した。


『できるさ。葉月の気持ちとお前の協力があれば』


ぎりぎり……俺は奥歯を鳴らした。


二村―――お前は想像した以上にクソ野郎だな。


『葉月とは必ず離婚する。会社も手に入れたら俺たち


結婚しよう』


『何、言ってるの?空ちゃん言ってること分かってる?何年かかると思ってるの!それまであたしにずっと待ってろ、って?


それに緑川さんの子は?空ちゃんの子なんだよ』





『だから何だって言うんだよ!俺が望んで作ったわけじゃない!』





バンっ!俺は堪えきれずテーブルに両手を叩きつけた。まだ食いかけの料理が皿の上で少しだけ跳ねるが皿が壊れた気配はない。


二村―――お前は




マックスより



最低だよ。