Fahrenheit -華氏- Ⅲ



「シャンパンもケーキもないけど、


メリークリスマス」



「Happy Christmas」


そっと囁くと啓があたしの頭をもう一度抱いた。


クリスマスイブ―――啓とは過ごせないと思ってたけれど


あんなに愛しいユーリの手を離してきちゃったけれど





でも、啓が生きてることが何よりも大事。







ユーリ、今だけは許して。



バカなママでごめんね。



――――――


――


「客に急かされてわき道を通ってきたタクシーのよそ見運転でさ。てかさっすがBM。車体が凹んだぐらいで…っていってもエンジンの一部がやられちまったのかレッカーされてったけど…こっちは完全P(パーキング)に入れてたし、10:0ってとこじゃないかな。まぁ後は保険会社に任せるわ。俺の従兄妹が保険会社努めてるから丸投げできるし」


啓は説明をくれた。今あたしたちは処置室のベッドの上で並んで座っている。こうやって二人隣り合って座るのってどれぐらいぶりだろう。


「笑いごとじゃありませんよ、あたしは勿論ですが村木さんも佐々木さんもすごく心配されて。後でちゃんと説明してくださいね」


「うん」啓はそれでも笑った。


あたしは―――啓の笑顔が好きなの。どんな状況でもやっぱり





好き




「瑠華―――指輪……つけてきてくれたんだ……」啓があたしの左手を取り、薬指に視線を落とす。今にも泣きだしそうに瞳を揺らして。


「俺……もう一生付けてくれないかと思ってた……」


あたしだって啓の少しはだけた胸元から同じリングがぶら下がっているのを見て嬉しかった。いつまでもそうやって大事にしてくれてるのね。


でも可愛くなれないあたしは


「これは私が買ったものですから」と言ってしまった。


啓はふっと口元で笑っただけだった。


別れたのに未練がましく付けているあたし、啓の目にはどう映っているのだろう。


そんなことを思っていると、病室の外が少し騒がしくなった。


「ちょっと!今部長は処置中で!」と村木さんの少し大きめの声が聞こえてきた。敢えてあたしたちに知らせるぐらいの―――


「怪我をされたんでしょう!?無事を確かめたらすぐに帰ります」と


瑞野さん―――!


あたしたちは二人揃って口を覆った。そして思わず顔を合わせる。


「瑠華、君がここに居たら今はマズイ。そっちの扉から出て」と啓は立ち上がると処置室の仕切りに使うのかカーテンをひいた。あたしの腕を掴むとそのカーテンの奥へと促す。


「啓―――」


そう言えば啓はクリスマス、瑞野さんと過ごす予定だったのだ。確かにあたしがいたらマズイ状況よね。