Fahrenheit -華氏- Ⅲ


これは―――二村が造った能面だと瑞野さんは言った。


約束されていた未来。


瑞野さんは―――二村が緑川を選んだことでさぞ落胆したんだろう。絶望したかもしれない。


そこには計り知れない悲しみがあったのだろうか。


裏切られた、と猛り狂う怒りが沸き起こったのだろうか。


いや、一言で表せないないな。俺も二村によって瑠華と別れさせられたときも一言で片づけられる程の感情ではなかった。


悲しみ、怒り、悔しさ―――それらがごちゃごちゃになってドス黒く心が侵食されていった。


しかし瑞野さんが言う復讐―――とは最終的にどんなものなのだろう。


瑞野さんは俺とクリスマスイブを過ごすことだけを要求してきた。そこに何の意味があるのだろうか。


考えても分からず、俺はシャワーも浴びずそのままソファにごろりと横になった。


クリスマスまで三日。たったの三日しかない。瑞野さんのこともっと深堀して調べるにはあまりにも時間が無さすぎる。


俺はどうすればいい―――



――――

――


20XX年12月22日 木曜日


考えても、考えても考えても朝はやってくる。


会社……行きたくねー……


って、俺は引きこもりの中学生か……


何とか喝を入れてシャワーを浴び通常通りの時間に出勤した。瑠華はこの日珍しく佐々木と同じ時間帯に出勤してきた。


昨日の今日だからか、俺と顔を合わせづらいのかと思った。


あれは―――ハプニングと言うのだろうか。いやいや、俺がほぼ強引にキスしたんだ。セクハラだと訴えられてもおかしくない状況だったが、瑠華は何事も無かったかのように無表情で「すみません、少し寝坊をしてしまって」と相変わらず淡々としていた。


昨日キスをした唇には少し淡めのパールがかったリップグロスがうるうると乗っていて、


キス―――したんだよな。


と改めて思った。


あまりに俺がそこを見つめているからか、瑠華が振り返って


「い、いや十分時間前だし問題ないよ。急ぎの仕事もだいぶ片付いてるしさ」


慌てて言うと


「おはようございます」と瑞野さんも出勤してきた。


思わずそこから逃げ出したくなった。恐る恐ると言った感じで瑞野さんを見るとそこにはいつも通り砂糖のような笑顔が浮かんでいて、昨日脅してきたあの不気味な姿は微塵も感じられなかった。


一瞬夢でも見たのか?と思ったが、


「もうすぐクリスマスですね~、皆様は何か予定があるんですか?」と瑠華と佐々木に聞いていて、ちらりと俺の方を盗み見るその顔にちょっと笑顔が浮かんでいて、


夢じゃない、と悟った。