あの、ふわふわ可愛い虫も殺せそうになさそうな女が、鬼と化した。いや、元々鬼だったのが人間の女に化けていたのか。二村はそのことに気づいて―――はないだろうな。
瑞野さんの足元にはベージュのバッグが転がっていて、瑞野さんはそこから一つの小さめの四角い風呂敷包みのようなものを取り出した。
よほど大事なものが包まれているのだろう、瑞野さんはそれを丁寧に剥がしながら、中から”それ”を取り出し彼女の顔の前までゆっくりと持って行った。
それはまさに俺がさっき感じた”鬼”の―――能面?
「あたし、高校生のとき能楽研究会に居たんです。古典芸能に興味があって。これは引退のとき作製した”般若”の面。二村くんが造ったんです。今まで母校で保管していたものですけど合併に伴って取り壊されちゃうみたいで、親切な友人が昨日わざわざあたしに届けてくれたんです」
瑞野さんは顔の半分をその”般若”で隠すと、またも閃光が瞬いた。般若の面が閃光の中狂ったように目を開き、剥きだした歯を見せ口元を吊り上げている。怒り狂ったその鬼の面はまるで瑞野さんの感情を表しているようにも見えたが…
強い光の中、瑞野さんが少しだけふいと顔を背ける。般若の面から半分だけ覘いたその顔は般若の能面とは違って、無表情だった。瑠華がいつも纏っている表情に、少しだけ似ていた。
「柏木補佐が、イヤな女だったら良かったのに。そしたらあたしももっとやりやすかったのに。
あの人は優しすぎる。
だからあの人に二村くんは倒せません」
一瞬の光で見間違いかと思ったが、その目には確かにさっきの笑いっ狂ったときの涙ではなく、本当に哀しそうな表情で一粒の涙が浮かんでいた。
しかし俺に顔を戻した時、その目に涙が浮かんでいなかった。俺の見間違い―――?
「部長、木下リーダーから忠告されませんでした?」
忠告?綾子から?
「『女を舐めると痛い目に合う』と」
確かに―――綾子はそう言っていた。ってことは綾子も瑞野さんの正体に気づいていた―――?気づいていて敢えて言わなかった?
座ったままの俺に瑞野さんはゆっくり近づいた。
「大丈夫、怖がらないでください。あたしはあなたの大事なものを傷つけるつもりは一切ありません。勿論、緑川さんも。
これ、差し上げます。ホントはこれ二村くんが造った面なんですよね。でももうあたし
要らないから」



