Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「いつ―――知ったんだ……?」


決して出すつもりがなかったカードを早々に見破られ、俺の問いかけは随分間抜けだったと思う。


「そんなのだいぶ前からですよ。あたしと二村くん付き合いがとても長いので。でも常務が父親って言う事実はあたしの爆弾じゃありません」


瑞野さんはあっさりと言ってのけた。


俺たちがあんなに必死になって探っていたことを―――瑞野さんは知っていながら、黙っていた―――


いや、俺たちが瑞野さんに聞いていないから彼女も意図して隠していたのかどうかは分からないが。


「君の狙いは―――復讐と言ったが、緑川との縁談を破談にすることか?残念だが緑川は妊娠中だ。あのタヌキオヤジが中絶させてまで破局させるわけがない」


「そんなこと、どうでもいいんですよ。っていうか、緑川さん妊娠してないでしょ?」



は―――?



「彼女のこと見てれば分かりますよ。割と早い段階で気づきましたけど、二村くんは信じきってるみたいですね、哀れな男」


瑞野さんはいつになく蓮っ葉な物言いで「はっ」と笑った。


「まさか部長も信じていた口ですか?」


「…………」


俺はそれに何も答えられずにいた。緑川から告白されたこと、それには瑠華が絡んでいること。俺の手の中からどんどん瑞野さんによってカードが奪われていく感覚に陥った。マズい。流れを変えないと…と必死に思うも、突如豹変した瑞野さんに俺は対応する(すべ)を見失いつつあった。


「まぁいいです、部長が緑川さんの妊娠を信じていようといまいと。


それよりそろそろ答えを聞かせてくれませんか?クリスマスイブの件」


瑞野さんが一歩俺に近づいてきた。


「あざとい仕草で近づけば男なんてイチコロって思ってたけど、部長って意外にガードが固いんですもの。遠回りせず最初からこうしていればよかった」


瑞野さんは肩こりを直すように首をゆっくり回し、『あー疲れた』とでも言いたげだ。


会場から見渡せる窓のスカイビューで稲光が走った。そう認識した途端眩い光が瑞野さんのバックから照らし出し、数秒後轟音が轟いた。


俺は思わず一歩後退していた。まばゆい光に照らし出された瑞野さんの顔は相変わらず造ったような精巧な笑顔で、俺はここに来て怖くなった。


「瑞野さん―――……雷、苦手なんじゃ……」




「あー、あれも演技ですよ。部長がどれだけあたしに優しくしてくれるのか試しただけです」





演技――――?だとしたらオスカーものだ。



鬼だ。



鬼が居る。



俺はみっともなく、その場で尻を付き立ったままの瑞野さんを見上げることしかできなかった。