Fahrenheit -華氏- Ⅲ


タイミングがいいのか悪いのか、マナミさんが帰ってきた。葵さんはスマホをさっと仕舞い、あたしは自称伊藤の免許証をテーブルに滑らせた。


危うい手つきで伊藤がキャッチして、事情を知らないマナミさんだけが


「どうしたの?涼介さん顔色悪いけど…」と彼を心配そうに眺めている。


「あ……急に気分が悪くなって、俺はここで帰るよ。し、支払いは……」


あたしが伊藤をギロリと睨むと


「俺がしとく!だからゆっくりしていって」と逃げるように立ち去っていった。


隣に座った葵さんとテーブルの下でハイタッチ。


「涼介さん、さっきまで元気だったのにどうしたのかな」と事情を知らないマナミさんだけが心配そうにしている。


「さぁ、どうしたのでしょうね」


あたしは新たに頼んだ赤ワインのグラスに口を付け、その赤い液体が喉を通るときほんの少し高揚していた。


女を毒牙に掛けるクソ男を一人葬った、と言う事実からか。今日のワインはやけに美味しく感じられた。


マックスも―――あんな風に簡単に片づけられたのなら、と思うがそうはいかなかっただろう。あいつがどれだけ不倫を繰り返そうとカネと権力でものを言わせ、全て握りつぶされていたから。


だからマナミさん、絶対にあたしの二の舞に……とは言ってもこの場合は立場が違うけれど騙されないで。




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次の日 20XX年12月20日 火曜日


この日もあたしと瑞野さんは二人でお昼休憩に入ることになった。


瑞野さんの体調が心配だったと言うのもある。妊婦は食べるもの飲むものも注意しなければならない。


瑞野さんは自宅で自分で作ってきた、と言うお弁当とほうじ茶が入った水稲を持参してきていた。


瑞野さんのお弁当は毎回まるで、お弁当カタログから抜き出てきたかのようにきれいで美味しそうなものだった。


料理が好きと言っていて、料理を作る際はつわりがおさまるから不思議だと本人も言っていた。


少しだけ羨ましい。あたしは料理が苦手だから。


社食は時間が時間なだけあって混雑し始めている。今日のA定食、焼きそばランチを受け取り、とりあえず空いた席を確保しようときょろきょろと視線を彷徨わせていると


俯き加減に社食の料理を摂るマナミさんの姿が目に入った。


あたしは何も考えずその場所に向かった。