Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「何が可笑しいんですか」


「君も可愛い顔してえげつないね~、あのチャラそうな若い男から俺へ乗り換えようって言うの?」


は?何を言ってるの。


「見るからに高そうなアクセサリーや服やバッグ。それ、維持するの大変だろ?俺に乗り換えれば簡単に手に入ると?まぁそう思ってもらってもいいけどね。ギブアンドテイクだ。俺は君に君が望むものをプレゼントするけれど、その代わり付き合うところまで付き合ってもらうよ?」


伊藤さんは前髪をわざと大げさにふっとかき揚げ薄く笑った。


こいつは―――マックスより下劣な男だった。まだあの腐った男の方がまし。ここまで落ちていると、あたしも変な罪悪感を抱かなくて済む。





「思った以上にバカでしたね。マナミさんには勿体なさすぎる」




深いため息をはいて伊藤さんを白い目で見ると、あたしは席を立ち上がった。反射的に伊藤さんが背を逸らす。あたしが身を屈めてそのワイシャツにぶら下がっているネクタイを思いっきり引っ張ってやると伊藤さんは反動であたしに近づく形に、そして目を剥いた。


「女を舐めないでください。私の持ち物は私の財産で購入したもの。男の手を借りなくても私は生きていける」


「わ、分かったから……」とここに来てようやくあたしの目的がはっきりと理解したのか伊藤さんは小さく咳き込み、ネクタイを引っ張りなおす。


「だから指輪は…」


「マナミさんを傷つけずきっちりと別れてください。それが分かったらお返しします。あなたの家の近くの交番にお届けする予定ですので」と言って掌を伊藤さんに向けると


「な、何だよ……脅迫か?幾らあったらいい…」とどこまでもバカな発言に怒りどころか呆れてしまう。”この”あたしに口留めしようってわけ?


「確かに私のしていることは脅迫かもしれませんが、お金なんてせこいものせびりません。免許証を出してください」


あたしが低く言うと、あたしに勝てないと踏んだのか伊藤さんは震える手で長財布の中から免許証を取り出した。


あたしはようやくネクタイから手を離すと、椅子の背もたれにあっけなく沈む伊藤さん。


テーブルに置いた免許証をスマホのカメラで写真を撮る。


免許証には伊藤さんの生真面目な顔写真と、本籍地、名前が載っていた。


「宇治田 涼介?あなた名前も偽っていたんですね、最低」


「う、煩い!返せっ」本籍地は東京都台東区になっていた。


あたしは伊藤さんの手が伸びてくるのを避け、その免許証を指で挟むとひらひら。


「忠告しておきますが私に復讐しようなどと考えないでくださいね。何かあったら動画をばら撒く」


「ど、動画……?」


自称伊藤があたふたと辺りを見渡し


「ど~も~、葵チャンネルで~す♪全国の女性の皆様、この男には注意ですよ~♪結婚してる上何股もかけてる最低男で~す♪」と葵さんがスマホをかざしながらこちらに向かってきた。


「何?何股?不倫?」


「サイテー」


と周りに居た客たちが葵さんの言葉でざわめきだした。