Fahrenheit -華氏- Ⅲ



とりあえず、駅に向かおう。


そんなことを考えながらのろりと歩き出し……けれどあたしの脚はしっかり地についてブレることはなかった。


不思議……


さっきカフェにいたときはあれほど、どうしていいのか分からなくて戸惑っていたのに


今は切り替えて「今、やるべきこと」を考え始めている。


バッグから携帯電話を取り出し、殆ど何も考えずあたしは心音のナンバーを呼び出した。


時差の簡単な計算をすると向こうはきっと明け方4時頃だろう。


寝ていても、着信では起きる。一度眠ったらこっちが起こしても起きてこないのに、何で電話で起きれるのよ。


案の定


『Hello…』とくぐもった声が聞こえてきた。心音はきっと携帯画面を確認せず電話に出たに違いない。普段ならあたし相手に『Hello』なんて言わないから。


「Hi,It's me.(私よ)」


私が名乗ると


『Coco? Who? A better man than me? I envy.(―――ココ……?誰から電話だい?俺よりいい男?妬けるな)』と聞き覚えのない男性の声がすぐに聞こえてきて




『She's the nicest woman.(最高にイケてる女よ)


Sorry. Bye-bye here.Last night was fun.(悪いわね、ここでバイバイ。昨夜は楽しかったわ)




But the phone call from her is more important.(でも“彼女”からの電話の方が大切なの)』




電話の向こう側で急にバタバタと慌ただしい音が聞こえて、バタンっと扉が閉まる音が聞こえてきた。


『Hey! 待たせたわね』


心音が欠伸をしているのだろうか小さく吐息をついて


「相変わらずね…」あたしは苦笑する余裕すらでてきた。


『朗報?ならいいけど、それ以外は―――…』


言いかけた言葉に、すぐさま





「Fail.(失敗よ)」





あたしは短く、かつ鋭く言った。


『Oh……Ah……How?(何で)』


「啓が何故か例の稟議書を持ってきた。あれは確かに会長室に渡った筈なのに。言い方が悪いかもしれないし、実際それを利用したあたしも悪かったと思うけど、


あたしが提出して啓が自分の決裁を下したのなら、更に最高決裁者の元に行くまで撤回することなんてない」


『And…?(…つまり…)』


「言ったでしょう?会長室には二村さんと通じている秘書が居るって。その子が二村さんに横流ししてたのよ。


あたしは二村さんがそのネタを元にあたしに直接攻撃を仕掛けてくるかと思ったのに―――」



あたしは―――ポーカーのフラッシュも出せる。


どんなカードを切られても、やり返す自信はあった。


対、あたしには―――


でも―――




「二村さん…彼は、




啓に牙を向けた」