Fahrenheit -華氏- Ⅲ


♥ Ruka ♥


「ありがとうございます。あなたの大切な“ビジネスパートナー”ですからね、私は。


今後気を付けます。


そうそう、辞令の件、善処していただいて


ありがとうございます」


皮肉を込めたつもりはなかった。


けれど確実に啓を傷つけた―――そう言うことは分かった。


エレベーターの壁に背を預ける。


あたしって何でこう―――可愛くなれないのだろう。


そして可愛くなろうとする自分を必死に模索している自分に―――


疲れる。


9階に向かいエレベーターの扉が開くと同時、


「お疲れ様です」


まず最初に飛び込んできたのは、瑞野さん―――


の姿だった。


「お疲れ様です」


あたしはいつものように挨拶をした―――つもり…


このひとが―――二村さんにあたしの稟議を二村さんに流して、啓を―――…


と思ったけれど、あたしの読みが甘かっただけ。


あたしに攻撃を向けると思っていたけれど―――


理由はそれだけ?


彼女がとても素直でチャーミングで、啓の隣に居ても全然不自然じゃないひと。


何故だかそう思えてきて、




確実な嫉妬だ。




今のあたし―――とても醜い女だ。




瑞野さんはコーヒーカップの乗ったトレーを手にしていて、きっと今しがた帰っていった来客のものを下げていたのであろう、通常のフロアより二倍以上ある給湯室に向かおうとしていた途中だったようだ。


そこから綾子さんが顏を出した。


「柏木さん」呼び止められて


「綾子さん、お疲れ様です。あの…一つお伺いしたいのですが、会長は何故私を…?」


「うーん、それがねぇ良く分からないのよ。突然呼んでくれって。でも機嫌が悪い様子ではなかったわよ。ただ、人払いをされてね、私たちは別室で待機」と綾子さんは苦笑い。


人払いをしてまで何を話したいのだろう―――


一瞬、偽のオークションの件を突っ込まれるかと思ったけれど、アレは啓が握りつぶしたと言った。


あたしは何事もなかったかのように会長室をノックすると


「どうぞ」と重圧的なこげ茶の扉の向こう側、何度聞いてもステキなバリトンの声が聞こえてきて、違う意味でちょっと緊張をしながら扉を開けた。