Fahrenheit -華氏- Ⅲ



♠ K ♠



遡ること数時間前。


今日、瑠華は早く帰っていった。もしかして重役の誰かを尾けていくのか、と思ったが流石にそれはないだろう。瑠華はどの役員が参加するのか知らない筈。


ちらり、と瑠華の服装をチェックすると、上品にくすんだミント色のリブニットワンピースだった。リブから流れるように裾がプリーツになっている。


今日も抜かりなく可愛い。


けれど、特別感は無いように思えた。ついでに言うと尾行向きでもない。


ワンピースより少し黒いトーンのジャケットと白のディオールのバッグを手に


「お先に失礼します」と言って、今日も佐々木より早く帰っていった。


「最近柏木さん帰るの早いですね。昨日もすごく体調悪そうだったし大丈夫ですかね」と佐々木が心配そうに彼女の姿を見送っていた。


「彼女だってプライベートが忙しいんだろう。定時までしっかり仕事上げてくれるし問題ない。それに今日は……普通っぽかったし」とそっけなくなっちまった。どうしても瑠華のことになると必要以上冷たくなる気がしたが、佐々木は気にしてない様子だ。


「プライベート……かぁ…やっぱり“あの時”柏木さんに声掛けてたひと…彼氏だったのかな…、柏木さんの不調ってあのひとのせいじゃ…」佐々木は俯き加減で独り言を漏らしながら、書類を整えている。


俺は書類に文字を書きこんでいたところだが、


コロンっ…


ペンが指からすり抜け、デスクの上に転がった。




彼氏―――…



声を掛けてきた――――……?



俺は思わず目を開いた。



それって、俺が二度程見かけた若い―――……


二村が仕掛けたハニートラップの男―――?