Fahrenheit -華氏- Ⅲ


♥ Ruka ♥


20XX年10月30日(日)



遠くからさらさらと雨音が聞こえてきて、ドアを開閉する度、雨の特有の匂いがほんの僅か漂ってくる。


その雨の匂いが、目の前に一つだけ取り残されたコーヒーの主の香りを消し去っていってしまう。


その人はもうコーヒーを飲みに、二度と戻ってこないだろう。



爽やかの中、ちょっと独特の重みのあるセクシーな……



Fahrenheit






あたしはまた、




失ったのだ。




木製のテーブルに置かれた『稟議書』は、一度文字通り、力で握りつぶされたのだろう。ぐしゃぐしゃになった紙を一度きれいに伸ばした、と感じだ。


その端に指を置いて、どれぐらいその指先を見つめていたのだろう。


雨……


あたしの指先に冷たい水滴が一粒落ちてきて


ううん、雨なんかじゃない。だってここは室内。


と冷静に分析しながら


ああ……あたし―――





泣いてるんだ。





はじめてそう実感した。



『君は、心音ちゃんと結託して偽りのオークションを仕立て上げた。小野田専務も巻き込んで、君がマックスを恨む気持ちは分かる


―――けれど、異常だ』


『君は俺を―――利用した、


裏切った』


『前のオトコに未練がある女はイヤだが、今のオトコを利用してまで前のオトコを陥れようとする女はもっと嫌だ』



啓の言葉、視線。表情。全てがぐるぐる、ぐるぐる脳裏を駆け回っている。




あの軽蔑した視線―――



別れを切り出した時の、驚く程低く温度の感じられない冷たい声。




あたしは稟議書の端をキュッと握り、片手で目がしらを押さえた。