Fahrenheit -華氏- Ⅲ



♠ K ♠


遡ること数時間前―


瑠華は何事も無かったかのようにデスクに戻ってきた。


そのまま帰るかと思ったから正直驚いた。





ー『死なせて』





瑠華の―――泣きながら言ったあの一言は俺の心臓にナイフを突きたてた。





俺は―――瑠華を死に追いやろうとしていたのだ。





俺は見誤ったのだろうか。会社や瑠華の立ち位置、たとえ瑠華がクビになろうと、俺も巻き込まれ最悪的には親父も解任になろうと、一つの『生』に比べたらちっぽけなものだ。


手に手を取って、地の果てまで逃げて―――



俺は―――やっぱり選択を誤った。




『君なしじゃ、俺は―――


俺こそどうやって生きていけばいい』




思わず本音を言ってしまった。


これじゃ瑠華の気持ちを揺さぶるだけじゃないか。


でも、紛れもない本音だ。


俺の気持ち―――少しは伝わっただろうか。


いや、伝わったらそれこそ混乱させちまう。


瑠華は何事もなかったかのように仕事を進めようとして、


「あ、すみません。これ部長の上着…お借りしてました」と丁寧に畳まれたジャケットを渡されたとき、少しばかり充血した瑠華の瞳に目がいった。


一瞬目が合った、気がしたけれど、あくまで『気がした』だけだ。


独り歩きした噂話に瑠華が心を痛めているのか、或は他の理由か、


けれど、瑠華がそんな風に考え込む理由



俺が原因って



ちょっとは自惚れてもいいのかな。


瑠華はまだ俺のこと好きでいくてれるって



自惚れてもいいのかな。