Fahrenheit -華氏- Ⅲ




♠ K ♠




『どうして部長は柏木補佐と別れちゃったんですか』




瑞野さんの問いかけに、俺は黙ることしかできなかった。


うまく言い訳もできなかった。


結局、何も答えず


「仕事、始まるから」と言ってその場を逃げ出した。


瑞野さんもそれ以上は追及してこなかった。


俺、逃げてばっかだ―――


『あたしは、『あたしが部長を好き、って言いましたか?彼女にしてください、とか言いました?』と聞きました。


あたしは―――……』




あたしは―――……の後に何を続けようとしていたのだろう。


「―――…と、啓人」


裕二に名前を呼ばれてはっとした。


「おいおい、しっかりしろよ」


「そうですよ。貴重な時間を削って大事な“会議”をしているんですから、しっかりしてください」


と目の前で相変わらず厭味ったらしい陰険村木が不機嫌そうにビールジョッキを傾けていて、


「分かってますよ」俺はやさぐれ気味で残り一口のビールを煽った。


俺たちは今、会議と称して個室のある居酒屋に来ていた。


何が楽しくて野郎同士で個室!!


しかも裕二ならいざしらず、村木も一緒とは!


こんな日が来るとは想像できなかったぜ。


「で?どうするんです?11日の件。日付が分かったぐらいで我々はどうにもできませんよ?」


「潜入捜査でもするか?とは言っても銀座の超一流クラブだぜ?当然一元さんお断りだろうし。俺ら若者が早々尋ねられる場所でもねーだろ」


裕二がため息を吐きながら焼き鳥を口に入れる。


最近、まともな食事を摂ってないからか、食べ物の匂いだけに胸やけしそうになった。俺はひたすら枝豆を口にしてやり過ごしていた。


「潜入捜査は無理だ。俺も村木サンも顔を知られている」


「じゃぁ…」村木が言いかけて、裕二を見る。


「いや!絶対無理っ!無理無理!」裕二は慌てて手を振る。


「それはもう考えてある。


紫利さんに頼んでおいた」


空になった枝豆の殻を殻入れに放り投げ


「ユカリ―――……?」裕二は首を捻ったが


「なるほど」と村木は顎に手を置いて頷いた。


「『なるほど』って……お前が手を出した美人の人妻!?」


裕二が目を丸め


「んん゛っ」と村木が口元に手をやり咳払いをした。


仕方ない。俺たちは(前は)根っからの女好きだったわけだしな。