逃げられるものならお好きにどうぞ。



「だってお互いに名前も知ってるし、会うのだってこれが初めてじゃないよね。デートするのに、後は何が必要なの?」

「何が必要っていうか……」

「そもそもデートって、男女が一緒に出掛ける時に使う言葉だよね。別に付き合ってる必要もないと思うけどなぁ。お互いを知るためにデートするんだから、何の問題もないんじゃない?」

「……」



……まずい。このままじゃ篭絡されてしまう。


何と言葉を返そうかと考えていれば、黒瀬くんは足を止めて私の顔を覗き込んできた。

思わず身を引けば、黒瀬くんは真っ黒な瞳をすっと細めて微笑む。



「あとはまあ、この前助けてあげたお礼ってことでいいよ。……それじゃあ、後で連絡するから」

「いや、私行くなんて一言も…「また明日ね」



いつの間にか私のアパートの前に到着していたみたいだ。

黒瀬くんは私の返答もお構いなしに、ひらりと手を振って背中を向けてしまう。



「……はぁ」



――中々に面倒な男の子に目を付けられてしまったみたいだ。


バーになんて行かなければよかったと、あの日の自分自身に後悔しながら、重たい足を引きずって自宅へと帰った。