逃げられるものならお好きにどうぞ。



「それにさぁ……やっぱりお姉さんって、実は男経験ゼロでしょ」

「……急に何なんですか。……経験くらい、ありますし」



ドキリと、胸が小さく軋んだ。

だけどそれには気づかない振りをして、ピシャリと否定の言葉を返す。



「見れば分かるよ。わざと強がった態度をとってるみたいだけど、全部虚勢にしか見えないし」

「っ、……放っておいてください! 私、もう本当に帰りますから!」



勢いよく言い放って、いつの間にか男の子が持っていた私のバッグを、引っ手繰るようにして奪った。


また揶揄いの言葉をぶつけられるかもしれない。

そう思ったけど、予想に反して男の子は薄い笑みを浮かべるだけで、口を開く様子もなければ私を追いかけてくる気配もない。



「またね、お姉さん」

「……」



――私としては、二度と会わずに済むことを祈りたいけど。



背を向けたまま、カツカツとヒールの音を響かせて駅までの道を歩く。


狭い路地裏を抜けてからそっと後ろを振り返ってみれば――もう、あの男の子の姿は見えなくなっていた。