醜と美そして陰謀論、を物語る。

 
 そうだ、と第一夫人は膝を叩き小気味良い音を一つ鳴らした。どうせなら自分に従う王女の一人を育てた方が得なのではないのか?

 イジメるとかいう非生産的なことをせずに、ちゃんと良いように育成して利用したほうが良いのではないか? 
 
 将来は王となる可能性が高い息子に従う王族のものが一人増えたらそれは得だし、ひいては私は恩人となり感謝され未来永劫にわたって自分に絶対服従させるのも良いだろう。

 なんたってコンはあの御淑やかで静かな言いなり女の娘だ。親に似て大人しくて慎み深い性格なはず。これを自由にできるのなら役立てた方が良いわね。

 ほら周りを見てごらんなさい。みんなそわそわしている。私が義理の娘をどう扱うかで気を揉んでいる。どうせあんたたちは漫画的な継子問題を期待しているのでしょ? きっといびるはずだと哀れみながら期待しているまぁ下衆なものどもが考えそうなこと。

 そんなことしませーん。漫画の読み過ぎよ。ならばと逆のことをしてあげましょう。嫌いな連中とは逆のことをする、これぞ快感。理由なき反抗? 変な言葉。理由なんて反対のことをやって上手くいったら連中の鼻をあかせて気持ち良いからに決まっているでしょうが。

 そう、厳しくもだが決して憎しみから虐げるのではなく、あなたの将来のためにきちんと教育するという態度をとる。そうよ、私と我が息子のために生きるのだコン! それがあなたにとっての正しさなのよ。

 こうしてこの義理の親子関係が始まった。自分に都合の良い将来のため従順で便利な娘を育てるべく第一夫人はあらゆることを娘に押し付けた。

 ありとあらゆる学問から武芸および習い事を用意し消化させついでに労働もさせた。ほんらい王族というのはそこまでやらないものであり掃除や料理といった下々の人間がやることはしない。

 だいたい貴人たるもの他人の労働など奪ってはならない、という美徳なのだが第一夫人にとってコンは貴人ではなく未来の使用人という扱いなので容赦はない。

 全てに精通していればそれに越したことが無いし、なんでも出来る道具になるのならそれはそれで結構なこと。

 理屈はこうだ「あなたの将来のことを思えばなんでも出来た方が良いわよね?」これである。ただの馬鹿娘に仕上げても良いがそれだと虐待になってしまうし、もしもこれだけやってなにもできない馬鹿娘であったらそれはこの子が悪いだけなのだ。

 自分は義理の娘に出来る限りのことをした、という世間からの評判もゲットできる。まさに敵無しの態勢を構築をし、どっちに転んでも痛くは無く肝心なのは特にこちらが苦労していないこと。だったらやるだけお得とばかりに第一夫人はコンを教育&訓練漬けにした。

 自分は苦しくないのだからなんでもできるというかやらせられる。『人は誰しも他人の苦しみには十分に耐える強さをもっている』という箴言があるが、たしかに第一夫人はその強さを十二分に備える精神力を有していた。

 そう「正しい存在になりなさい」とは第一夫人の口癖。これは一種の教育虐待であり「あなたのためを思って」の最悪の事例である。

 本当は世間の評判と将来の自分のためであるのに、あたかもこれはその子本人が望んでいるかのように仕向ける邪悪な意思が発動している。

 傍目には教育熱心で立派な親心であるが何事もやり過ぎはよくはなく、これは実際にやり過ぎであった。どこまでがやりすぎかやらなすぎという線引きこそ知性の神髄だが、この第一夫人みたいなタイプにそのような知を求めることは酷である。愚かものは手加減や調整が出来ない。

だから人は何事もやり過ぎてしまい『過ぎたるは猶及ばざるが如し』と孔子が苦言を呈するも大昔からずっと誰も聞かない。きっとすこし足りないぐらいがちょうどいいはず。

 まぁ別に潰れても構わないという一種の投げ遣りな態度からのこの負荷の掛け方は重く、朝から晩まで働きづくめの勉強づくめ。コンが辛い顔を見せると第一夫人はこう励ます。

 読者の方々も聞き覚えがあろう「もっと頑張りなさい。これはあなたの為なのよ」と。万事これでありたまに違うのがこちら「ここで頑張らないとあとで苦労するのはあなたなのよ」と世の中にありふれている決まり文句である。

 これもまた他責である。これは自分のエゴとか関係なくあなたのためという善意だと言っている。私のことはどうでもいい全部あなたのため云々、嘘吐きの常套句ここにあり。

 正直にあなたは私のために頑張りなさい、あなたが頑張らないと私が世間で恥ずかしい目にあうのよ、だから私に役立つ存在となれ! ここまで言ってくれた方がエゴに振り切っておりむしろ清々しく素直に従いたくなる力と反発する力も正しく働くかもしれない。

 だがこの第一夫人は清々しくなく濁っているので口が裂けてもこんなことは言わない。だって自分のためとかいって責任とか負いたくないし、あなたのためだとして責任をあちらに負わせないと損じゃないの。自分の身はどこまでも無責任の善側の置いておきたいの。

 どこまでも私のためではなくあなたのため、でも結局は自分のためであるとかいうぐちゅぐちゅに湿った思想で爽やかさはない。これも「私のために頑張れ!」は正しくない悪という認識があるからこそ「あなたのため」を絶叫しそこにすがる正しき善。

 あたかも弱者のための宗教というように。そうだとも『私は悪くない』と信じさせてくれるのなら人は鰯の頭にも頭も垂れよう。悪を認識できるからこそ善にすがりつくといった意味で第一夫人はごく普通の人間であった。

 それにこの第一夫人は徐々に自分の言葉を自分で信じるようになっていった。人は人をだます際はまず自分から騙されてしまうのである。自分の嘘に自分が乗っ取られるということがよくある。

 意識的に使い分けるのは中々おらずそこの意識がごっちゃになってしまいがちだ。現に世間を見渡すとなんでこんな奇妙なことを信じ込んでいるんだ? という人は結構に多い。自分自身の変な理屈に支配されてしまうのも人の常であるかもしれない。

 さてコンである。この背負わされしハードワークを彼女は苦労しながらもなんとかこなし続けた。驚異的である。あのひ弱で大人しい母親から生まれた娘がどうしてこんな強靭な精神と無限の体力が!

 言ってしまえばこれは王家の血によるものであった。そうコンは母親にまるで似ていなかった。見た目はそっくりである。美しかった母と瓜二つであるがその内面は別人そのもので、王家の常人離れした才覚を純粋に受け継いでおり両方の良いとこどりで、ある意味で遺伝子配合の傑作ともといえた。

 美女の姿形をした王がそこに現れたのだ。しかも恐ろしいほどの量の教育と訓練を受けながら彼女は成長していった。もはや兄を圧倒し義母さえとっくの昔に凌駕している。

 だからこそいつものようにマウント目的の小言を受け否定され続ける日々の中である日に彼女は気づいてしまった。
 
 この人は間違えている正しくない、と。目覚めてしまった。目覚めたとき人は以前の時にはもう戻れず未來への扉を開くしかない。


 次回「お義母様はもうおしまい。クーデタ? いいえ。ゆっくり休職していってね! それにしてもどうして私は王になれないのだろうか?」