この第一夫人と第二夫人の仲は良くはないが悪くもなかった。
それはひとえに第二夫人の気弱さと遠慮深さによるものであり、邪魔にならぬように努力している点を第一夫人は評価していた。そういう弁えている態度は私は好きよというやつだ。
だがひとつだけ気掛かりであり気を揉んでいたのは第二夫人が男の子を産むかどうかであった。しかしそれは産褥によりその子も一緒に逝ってしまい長きに渡る懸念は消滅した。死産したのは男の子であった。自分の息子のライバルになっていたであろう存在。
正妻という身分の彼女はそれを同時に聞いて安堵していいのかそれとも悲しんだらいいのか混乱してしまい、その「かわいそうにね」の結論に達した。
そりゃ死産や流産などの可能性はちょろっとは願ってはいたがまさか一緒に死ぬだなんて! なんという好都ご……いやいや自分はそのような惨劇を喜ぶような酷い人間ではない! そんなことを考えるのは奴は信じられないほど最低の人間で不正義そのもの! と自分自身に言い聞かせるために大いに同情したのだ。
このように弱い人は自分の中の悪には耐えきれないものであるし醜さも正視できない。いつだって自分は善であり美しい側でなければならない。
清潔でなければならない、私には汚れなど一切、ない。『我々は正しさを発明した』最後の人間はそう言いながらまばたきをする、ということだ。
善を叫ぶ者は根はもちろん善であるものはいるが、自認が実は悪であり怯えるからこそ目を逸らすために善にすがるというものがいる。叫ばなくていいときに叫ぶのは理由があるわけだ。
彼女はそういう人間であり、そうであるからこそ夫の愛人みたいな第二夫人の娘を引き取ることに同意したのだ。それにしてもやはり忌々しい……と継子であるコンにイライラしたが堪えた。
私はね、継子イジメをするほど惨めではしたない女じゃないのよ、という矜持である。夫が自分よりもあっちの女が好きだとは分かっていた。最終的には親の意向や家柄というところで決まったのだろう。おまけにあの人は自分のことがあまり好きではないことは知っている。
チッ……あぁイライラするなぁ、そんなムカつく女のガキの世話をどうして私が……そりゃあぁイジメても仕方はないよね? 誰だってそうする、あんただってそうする、だから私がしたっておかしくないじゃない。
ねぇ勘違いしないでほしいけど悪いのはあなたのお母さんだから恨むのならそっちにね。なんで私を残して死んじゃったのってお墓の前で泣き崩れてどうぞ。
でもいいじゃないの悲劇のプリンセスになって不幸に酔えて、それも一つの女の楽しい生き方よね?自己憐憫して自分を可哀想ランキング世界一でもして悦に浸ってなさいよ好きでしょ、そういうの。
それに磨きをかけて将来湿っぽく不幸語りをして良い男でも捕まえなさい。だって男って可哀想な女の子が大好きだからお互いぴったりよね。
仲良く傷口でも舐めあったら不良娘のはい出来上がり。あーあこれだから母親のいない片親の娘って変になりがちなのよね。
お義母様、どうしてそんな酷いことを言うの、ですって? そもそもあなたのお母さんはね、お父さんが私をあまり好きではないからという理由で選ばれた人なの。だから私があなたに対して優しくするはずがないじゃないの、言っていること分かるでしょ?
恨むのならあなたを置いてお先にくたばっちゃった母親を恨みなさいよ、私を憎むのはお門違いってものよ……そんなことはないやめろ! と第一夫人は自分で自分に一喝する。
なんて恐ろしいことを妄想しているのよ! 自分の想像に足の震えが止まらない。まさに絵に描いたような地獄の継母! 絵柄まで想像できてオチまでもう読んだも同然。というか読む価値はないのに気持ち良さを求めて読むのってなんだかポルノの定義っぽい。
そんな典型的……じゃなくて漫画みたいな女になってどうするのよ! そんなことをしたら自分が正しくない存在な惨めですだと宣伝するようなもの。
やっぱねこれだから継母は、とか人に思われてごらんなさい! 一生の不覚かつ自分で自分のことが嫌いになってしまいそう。
この周りの人間からやっぱりねと言われるのだけは耐えられない! さすが! とかまさかと思われたいしそうなりたい、正しい存在であれ。
私はそういう人間じゃない! そんな憐れな女になってたまるものか。冷静に考えなさい私よ。そうよあの愛人もとい第二夫人を思い出すのよ。
あの人は……大人しく慎み深くそのうえこちらの気を遣ってもくれた。こちらがライバル視をして軽い嫌がらせをしてもただ黙って受けるばかりだった。
まるで第二夫人になってごめんなさい、許してくださいといわんばかりの態度。良い人だったな。まぁ死んだからこそ良い人だと思っていることにもなるがそこはしょうがない。
夫はその死を悼んでいたけれどあなたの死で以って許してあげるという、ちょっと倒錯したことを思いつつ改めて考える。
もう夫は新しい女は用意しないだろう。よって自分の子が跡継ぎになるのは確実であの人は私に結果的に利益を与えてくれた。
もしもライバルがあの落ちぶれカツテのような野心満々で尊大な態度をとる気取り屋女であったと考えたらゾッとする。どんな嫌がらせを受けていたか分からないし最悪の関係になっていただろう。あの勘違い女のあのいやらしい眼つき……いくら私に意地悪してもあんたの身長は変わらないってのが分かっていないのが憐れよね。
それに比べてあっちは若くして死んで可哀想に、男の子と一緒に死んでしまって憐れよね、と本気で同情する。そう、同情した。この同情という感情は自分が相手より上だという認識のもとで発生するものだ。自分は男の子を産みその子は次期後継者になる可能性は高い、かわいそう。
生きていて自分と同じ立場となるライバルとなったら絶対に抱かない感情、そうならなくなったからいくらでも抱ける感情、同情。同情できる自分は善なる側だと認識できるのが気持ちいいのだ。
そう結局は勝ったのである。夫の寵愛の面では負けはしたがそんなものは男子出産という点に比べればなんのこともない。あれは所詮は早死にした妾みたいなもの。第二夫人扱いは温情措置として自分が許可を与えているようなものだったのだ。
このように自分の地位と名誉が揺るがなければ人はいくらでも寛大になれるし、その寛大さのアピールのためならどのようなことでもできる。なんたって自分はノーダメージで懐も痛まない。切腹も人の腹なら痛く無し。
痛くなければ人はどこまでも慈悲深くにもなれるのだ。これは残酷さと表裏一体な関係。むしろ愛人の娘の寛大なる引き取りは自分の善性を高めてやまないだろう。
良いアクセサリーを手に入れたわ、と第二夫人はポジティブに捉えることとした。ではこの子をどうするべきだろうか?
次回「私のために頑張れと言えない弱さがあなたのためよという言葉となる」



