宋美齢「彼らが腐敗せず清廉であるのはまだ権力の味を知らないからに過ぎない」
権力はとても甘い。甘くて美味しいものには蟻は集まるものである。
生まれついての王位継承者であった前王にはそれはもうたくさんの取り巻きに囲まれていた。
別に彼らは一人一人が悪い人間ではないしむしろスマートで賢い者ばかり。
ひとりひとり個別に話合ったらなんという素晴らしい御方だろうと感心をしこれで我が国も安泰じゃ、となるはずだが集団となるとそう上手くはいかない。
人間は三人いたら派閥が発生すると言われるほどの政治的存在。
その派閥間抗争である党争によって足の引っ張り合いな内輪揉めが耐えず味方の顔をした敵と消耗戦を繰り広げたり、側近たちも知能や性格が似た者同士が多いと起こりやすい互いの誤りに気づきにくい・指摘しないという集団浅慮が発生してしまい結論が外から見たら愚にもつかぬものに堕したりと、有事の際における亡国仕草コースをほぼフルコンプリートする始末。
国政が機能不全に陥るなかそれでも前王は無理繰りに禅譲を成功させ一新することができたために国家滅亡は免れたが、今度はその取り巻き達がわめきだす。
権力の中枢にいたからこそ得られたものがもう味わえないなんて嫌だ。ワンモア既得権益。
なんとか元に戻りたいと。そうだともあの前王を再び王の座に戻すべきだと主張してやまない。
この禅譲は一時的なものですよね? 内乱が終わったら元に戻りますよね? 条件付き禅譲でしたよね? そうですよ王は忘れているのですよ。あなたは確かにそう約束なさいました。だからほら王もそう言ってくださいよ、自分に返してくれ、と。
本当にうるさい連中だと間諜からの報告に幼王は怒りで顔を歪めてしまう。
こちらを名で呼びあちらを王という無礼も我慢がならぬ。幼王も就任にあたって前王を苦しめていた派閥を完全に解消させ、有能なものは適職に就かせその力を発揮させた。
派閥抗争なんという無意味極まることに夢中だった連中には閑職を与え何もさせないようにした。
しかし無能な人間は何もしないということが出来ない。何かをするからこそ害悪を広げる。
そんな連中があの頃のように戻りたいと前王を誘っているというのは害悪そのものである。
兄も兄で昔からの知り合いを無下にも出来ないしで話半分で聞いているのだろうが、弟としてはそういう兄の優しさ故のまさしく優柔不断な態度が招いた事態でもあると思ってならない。
一世一代の禅譲の決断は良い、だが、この先は分からない。心変わりが起こるかもしれぬ。
人事権を握り権力闘争するのが生き甲斐だったような無能の極みな連中に影響されて次第に王位を返してと言い出すかもしれない。
次第にまだ20代で敗残者みたいな余生を送るのは真っ平ごめんとなるかもしれない。
というか自分がそうなったとしたら一発逆転を狙ってしまうかもしれぬ。
それって……クーデタ? そうだともアホな取り巻きに担がれて王宮で騒擾を起こしてしまったらとんでもないことだ。
兄には是非とも禅譲を成功させた名君のままでいて欲しく、弟を見返したいがために無能なクーデタを行い処刑されたとか見たくはない。
しかもこの一件は後世ではどうせ「幼王は前王が邪魔だったためにクーデタをワザと起こさせて始末させる口実を作った」と語られるに決まっているのだ。
陰謀論だよぉもぉこういうのって。あの名君にもこんな闇が……とかお前らの大好物のそれだよそれ。
闇ばっか見たがるしなんだったら闇しか見ない。ついでにあの禅譲も脅迫して無理矢理簒奪したとかゲスの勘繰りな推測の飛躍も起こすに決まっている。
するとどうだろう、あの素晴らしい兄の美しき決断が醜き陰謀論に犯されてしまうではないか。
というかこれだと兄があまりにも弟に操られたお人形さんみたいで馬鹿そのものだ。
だいたいの陰謀論って人間には意思のない操り人形でないと成立しない話ばかりでよっぽど人間が嫌いなんだなと思うのが多いよね。陰謀論とは人間不信がその根底にあろう。
そうであるから残念ながら兄は王宮のなかにいるのは邪魔である。クズな取り巻きがクーデタやこちらの暗殺を行う可能性があるためだ。
ならばと外に出すとかも考えもの。辺境に飛ばしたりしたら取り巻きが現地の力を借りて反中央の武力のための力を蓄えるかもしれない。
そしてそこに兄の意思がないとしてもいったん引き起こしたら後には引けなくなることもある。
ああ……もはや存在が不良債権状態だ。この兄さんをどうしたらいいのだろうか?
えっ? 禅譲し返したら? 嫌だ。一回王様になれたらやめられないよこれ。
だから兄さんは偉いなと僕は思うんだ。もしも僕の家臣に忖度マンがいたら兄さんを暗殺するだろうなぁ。
ああ……なんということをお前は! と嘆いてそれで御咎めなしをしてしまうかも。やれとは言っていないがやるなとはいわないというやつ。
幸か不幸か自分の家臣にはそういうのがいないがね。そう悩んでいたらどうだろうこの渡りに舟みたいなお誘いが……目に浮かぶな、姿は見たことがないが如何にも顔色が悪いのに目だけが輝いている王妃の顔がさ。
他国に異動させるのってどう? とかいうウルトラCな発想……
「みんな、兄にこの灰色の地の領主となってもらうのはどうだろう?」
幼王がこう聞いたが側近たちは返事が出来ない。
素晴らしい意見ですね! 是非そうしましょう! あの御方がいるとなんだか落ち着かなくってしょうがありませんよ! むしろ願ったりかなったり! あそこに閉じ込めましたら王宮で陰謀の可能性は無くなりますね! 王が毒を盛られたら犯人分かっちゃいますから困るのですよね! あの御方だってそっちの方が良いですって! それにあちらの王女と結婚とか都合が良すぎますよね! こちらの陰謀家の娘と結婚になったらあとが怖いですって!
などとは、言ってこない。まるでリストラや窓際への異動通知みたいであり気が引けて仕方がない。
賛同したら「なら伝えておいてくれ」とか言われたらたまったものではない。
だからみんな息を殺す、気配を悟られないように。こういう連中である。
ごますりとか忠勤に励むということをしない、これが幼王の頼もしい側近たちであった。
「……僕が直接伝えよう」
幼王がこう言うやいなや「いえそんな私にお任せください」と側近たちが同時に来た。こいつらは……と思いつつ全員を撥ね退けて幼王は兄と面談する。
「兄上、我が国を救ってくれないか?」
賢き幼王は決して辺境や田舎に行ってくれないかなんて言わない。そもそもこれは閑職とか地方に飛ばされるといったものではない大冒険となるものなのだ。
安定しているのか? という問いについてはあなたが安定させるのですよとなるし、安全なのですか? 民との信頼関係とか隣国との政治関係とかそういったもろもろは全て「あなたがどうにかするのですよ」となる。
立派な御屋敷の階段の上にある肖像画とかが無い状態なのだ。何故ならあなたがその肖像画にならなければならない立場である。
お前が肖像画になるんだよ。
あたかも政治的荒野への入植者でありそこでミスったらはいさようならでおわり歴史書には一行未満で納められる。
行って、ミスって、死んだ。これだったら教科書にも書く価値もないね、と削除される。
そういう肖像画がある状態で入るのとはわけが違う試練である。
「御先祖様になれるのだな」
「うん? はい、第一代目となりますね」
「よくぞ言ってくれた、準備をしよう」
話は即承諾という都合の良さに幼王はキョトンとした。そんなに簡単でいいの? と。
嫌だとか俺はここに残るとは言わないのかと。良いのである、とは彼の心境を見ればすぐに分かるというもの。
次回、こういう人ってどの面下げて生きているのだろう? 恥ずかしくないのかな? バーカバーカお前の人生ロスタイム! とか煽られて生きるってどんな気持ち?
その人生が偽物な敗残者であることを理解らされたからこそ本物になることに命を賭けるものの話。



