醜と美そして陰謀論、を物語る。

 
 これまで両国の王は一部の例外を除いて互いにアンチ姿勢が強かった。

 そもそもどっちのせいかと聞かれたらあっちはそっちのせいでアンチ姿勢を取ったといい、そっちからしたらあっちのせいでこうなったとどうでもいい水掛け論に陥る。

 所詮はアンチのアンチに過ぎない。

 こんなことは卵が先か鶏が先かのようで……あっこれ最近結論が出たと聞いたことがあるのでこの言い回しが使えなくなるのは困る、というのは置いておいて、どっちのせいだと言うのは不毛なことだ。

 大事なことは相手がそうであるから自分はそうするといった他律的な態度を取るのをやめて、自分はこうであるからそうするという自律的な態度をとることである。

 亡国の枕詞みたいな幼王は賢明ながらそこを理解しておりそして考える。

 そうだとも昔話はどうでもいいから今と未来を見よう。

 幸いなことに自分の経験としては隣国へのアンチ思考はない。

 前回は噂話には踊らされ最初はビビったが、あちらの王のあの武力介入しないという宣言と実行そして関係改善希望を高く評価している。

 これを臣下に告げると彼らは騒ぎだす。曰く、いいえこれは罠です。あいつらはこれを機になにか陰謀を企んでいるに違いない、という意見も出たが自分はそれを取らない。

 何故ならその不安の根拠は不信でありそして不安であるからだ。

 不安の根拠が不安となっているに過ぎない。その頭の中で考えただけの妄想に自分は与しない。

 信じる根拠はこのあいだ信じるに値することをあちらがしたからである。それで十分ではないか?

 弱い人間は先ず自分の不安に負けてしまい負荷を背負い動きが悪くなる。

 無用な心配をいっぱい考えてしまえば家の外に出ることすらできなくなる。

 もしもそうなったらという不安が本当にそうなった例がどれぐらいあるか胸に手を当てて考えてみればよい。これまで不安はどのくらい的中したか? 

 そうなったらどうするかなんてその時に考えればよろしい。もちろん不安を覚えないのは愚かであるがそれを根拠に動かないはもっと愚かだ。不安に耐え覚悟し進むべきだ。

 そう自分が与するべきなのは妄想による不安ではなく実際に行われた行動と言葉だけ。

 人間と人間の関係は究極的に行動と言葉によってしか判断しなければならない。

 いま隣国の王はそれを実行している、よって信頼する、もし嘘をついたらその場で信用しない相手と見なしそう接する、これで良い。

 いまは良いがあとのことを考えたら信頼しないようにしたり、本当かどうかの試し行為なんてことはしない。それは愚行だ。

 ちょっと嘘をついたとしてもあとのことを考えたら少しは目をつぶって信頼したほうがいいかもしれない。これも愚行だ。

 嘘吐きとは信頼関係を築けないと考える、これだけで人間関係は劇的に良くなる。

 人間の不幸は嘘吐きに期待してしまうこと、または期待せざるを得なくなる状況に追い込まれること。

 もしも相手が誠実で嘘が無く率直に言い合えるのなら……ここに理想の政治や外交がはじめて成立することができる。

 ならばそれに挑んでみるかと幼王は手紙を書いた。

「王が求めるものはあの灰色の領土を自国領としたいのか?」

 側近から苦言を呈されるほどの物言いとなったがこれの方が良いと幼王は思う。

 前王の際のあの回りくどく何とも解釈が難しく結局相互不信のもととなったやり取りでは駄目なのだ。

 お前はそれが欲しいのというのなら、こちらに何をしてくれる? 返信が来た。

「王よ、私はあの灰色の地を自国の色に染めたいのでございます。しかしそれは貴国と戦うための前線基地としてのものではありません、それどころか後世の平和のためのものです。
 あの醜い灰色こそ我が国と貴国との相互不信と敵対の色であり、いつか解決しないとならないものです。
 その方法が武力によるかそれとも交渉によるものか、そのどちらかになるのは必至の運命です。
 私は交渉を選びましたのは先の宣言通りであり、我々はそれを行動で示したのをご覧になられたでしょう。
 貴国の政情不安や戦力低下を理由に攻め込むという安易でその場しのぎで将来に禍根を残す方法を我々は取らなかった、行わなかったのがその証明でございます。未来について交渉を望みます。
 私には二人の娘がございます。一人はあなた様に、そしてもう一人はその灰色の地の領主に……そこに貴国から婿を求めます。
 そうです、この灰色の地は我が国の色となりますが、しかし治めるものは貴国の王族のものです。
 これで安全保障の面で保証がされます、貴国の王族というあなた側が最も信頼できるものがそれを担うのです」

 幼王は喉を鳴らした。この案は誰が作ったものだ?

 間違いなくあの王ではないだろう。あまりに出来過ぎている。噂の第一王妃が作ったものか? あの噂の陰謀家がこういうのを作成できるのか? 

 まぁ奇策は正攻法という型が出来ているからこそ出来る話であり、奇策一辺倒はいわゆる型無しで崩れやすいもの。実戦慣れした軍隊が実は次第に弱くなってしまうのと同様で実戦は奇策に傾きがちで、正攻法という訓練による強みの型が崩れてしまうからだ。

 奇策を用いたとしても最後の最後は正攻法で挑まねば戦争には勝てない。

 陰謀も表の交渉が出来るからこそ上手くいくのであろうから、まぁあれだ表を塗って裏を塗らないは成立するが、裏を塗って面を塗らないは成立しないと同じことだ。

 幼王は側近たちに相談した。むむむっ……と彼らは唸ると同時に困惑した。

 よくもまぁこちらのことをよく調べているなと。そう、この婿の条件に適した人物がいる。

 それが幼王の兄である。

 こういうこととなる。ずっと幼王と書いているが彼とて最初から指名されたわけではなかった。

 彼の兄である二十歳の青年が王位を継承したが、この難局において大混乱。決して無能ではなく期待されての就任であったが問題は彼の能力をはるかに超えていた。

 彼が直面したのは王国史上最大の事件であるのだ。高校球児が日本シリーズに先発登板するようなものである。たちまち、炎上。

 政治は機能不全に陥る前にバトンタッチをし王国史上最高の頭脳をもつ少年に……というところに運命の妙さがあるのだろう。

 緊急事態であるからこそ最も能力のあるものに全権委任することができ事態は収拾していった。

 辞任した王の功績はその辞任から弟にすぐさま代替わりできたことだろう。己の力不足を認め潔く辞めるというのもまた優秀さの証である。

 自分の手には負えないから交代、これは逃げではなく戦いだ。

 己の能力を見極めてあとを託せる、これが出来ないとどうなる? ズルズルと状況を悪化させていくばかりだ。

 それでも男なんだから逃げずにやれ、とは己の自分だけの命と面子と意地にばかりを気にする匹夫の勇と言わざるを得ない。王たるもの匹夫の情におぼれていてよいのか! と張昭も叱責。

 王は国の責任者でありその行動のひとつひとつが民に影響を与える存在。

 俺はまだやれるんだ! やらなきゃ俺の立場が無い! ということで頑張って事態を悪化させたら為政者失格。

 俺は駄目だ、お前なら出来る、頑張ってくれと禅譲するのはちっとも無責任でも不名誉ではない。

 己の無能さで民と国を苦しめることこそ無責任で不名誉なことなのだ。己の面子よりも国土の荒廃と民の血を思うよろし。

 そして実際に弟の幼王は結果を残している。兄も兄で王をやめた後あちこち動き回って頑張っている。

 平和な時代に王となれていたらさぞかし名君となれただろう。

 でも……正直、邪魔である。残酷なようだがそれが本当のところだ。

 幼王としてはどうにかしたいなぁと考えてしまう存在、まことに政治とは無慈悲な夜の女王でもある。

 こんなに良いお兄さんなのになんで邪魔なのか? これまた次回に。