さて王の話である。
愛するものの死後に彼は生まれ変わった。生きながら死にそして生まれ変わる。生まれ変わらざるをなくなった運命はあるが彼はその一例である。
静かに狂っていった彼は例の第一王妃のもとを訪れた。追い出したのではなかったのか? まぁ自ら追い出すセルフ追放であるが彼女は別荘暮らしをしていた。
この別荘にてある日あの新参王妃と悪鬼羅刹が死んだと聞きやりぃ! と心から喝采をしその日は宴会を催した。取り巻き達も安堵の息を吐き、二人の息子も詣でにきてくれた。
長男と次男は喜んでいるようだがどこかそわそわしており母としての勘も働く。この二人……もしかしてあいつを? でもまぁそこは問わない。
家に侵入してきた田舎のネズミを駆除したまでのことである。ネズミだって始末すれば嫌な気分にもなろうから、そこを褒めたりはしないが心の中ではさすがだ我が息子よとだと感謝しておく。
さて、これで自分は返り咲けると第一王妃は思った。あの若い女にイカれた馬鹿な王も頭を下げてここにそのうちやってくるだろう。
やって来ざるをえないのだ。ではではどうやっていじめてやろうかと、いまが我が世の春とばかりに浮かれながら過ごしているとはたしてその日がやってきた。
今日やってくるという報告を聞いた第一王妃は大歓迎とばかりにシカトを決め込み居留守を用いることにした。目的は? 嫌がらせである腹いせである屈辱を与えるためだけである。
でもとても、大事。あのような侮辱を受けたのだからこれぐらいのことをしないとならない。まぁ程度を守って楽しくね。だから自分が必要というのであればこそできる最大限の悪戯を用いることにした。
待っているという返事が王から来たので今度は嬉しさから更にシカトをすることとした。今日のところは尻尾を撒いて逃げ出すまでやるつもりだ。
後日来たら相手にしてやるというのが第一王妃の予定である。一昨日きやがれならぬ明日きやがれとなる。三顧の礼で許してやろう。だがしばらくして召使いの報告でまだ王がいると聞くと第一王妃は違和感を覚えた。
あいつは何故帰らない、と。
あちらだってはこちらの性格を熟知しているはずである。これがワザとの居留守であるのだから明日来ればいいと判断できるはずだ。
こういうことはいつもやっていたし王も知っているはずだ。それがどうして? こんな鈍感さを発揮させている? 少し様子を……いや、やめておこうと王妃は判断した。たぶんというか確実に王は待っているだろう。だったら嫌がらせなんて無駄だ。
このままいられてもこちらが窮屈となるし無意味な時間を過ごすこととなる。なら、中に入れるという合理的な判断。
そして久々の面会となると王の姿を見た第一王妃はわが目を疑った。老人がそこにいた。ほぼ白髪に伸びたヒゲ痩せこけた頬、めるで別人である。
王はご存じのように若い女と遊ぶためにか若作りの達人であった。老醜を極端に嫌い恐れ常に若いままでいることに固執していた。人から若い頃のままですねとお世辞を言われることを目的にしている。そのことを軽蔑していた第一王妃は知っているからこそ唖然とするしかない。
王は自分自身が最も望んでいなかった姿になっている……いや、そうであろうとしている。まるで自分への罰を架しているように、そうでないとならないというように。
第一王妃の胸に痛みが走る。負けた、と。毒気が抜かれたわけだ。彼女はありとあらゆる嫌味を王に対して用意していた。どれも毒舌の極みかつ急所を突くものだ。
それを言うのをどれだけ楽しみにしていたか、そうしてどれほどショックを受けるのかをワクワクとしていた。その姿は用意していた全てを無意味にするものであった。
これには敵わないな、と帽子があったら脱帽するほどである。
その姿となったいま、こちらの攻撃など一切効かないだろう。効かない攻撃をするほど彼女は愚かでもない。効かない悪口は自分に返ってくるのであるのだから。
緩慢な自殺をしているものに対して攻撃を加えるほど無慈悲でもない。そうだと彼女は納得した。自分の知っている王は死んだのだと。
自罰の果てがこの老醜なのだ。彼はそれを受け入れている。もはや若い女とも関わっていないのだろう。そのような死者に鞭打つまでもない。もはや怨みは消え失せた。そうだとも、許してやる。
「要件はなんです?」
第一王妃はかつてないほど穏やかに言った。病人や怪我人に対しての問いのようである。
「頼む、俺と歴史を創ってくれ」
頭を下げた王の頭頂部、隙間だらけなうえに色あせ傷んだ髪を見ながら第一王妃は唸る。いまの一言で彼女はだいたいのことを察した。
王は領土問題解決を一緒に解決しようと頼み込んでいるのだと。
もとよりこれは二人の夫婦での話。かつて王は先代からその件を託されていた。隣の大国との領土問題。いくつもの複雑な事情が絡みあったぐちゃぐちゃな紐がこんがらがったような状態。
快刀乱麻を断ってくれ。これが先代の遺言がそれであるために王は屈指の才媛であるこの第一王妃を迎い入れたものの、彼は早い段階で堕落した。
一度や二度の交渉で失敗し面倒だと思うと問題を棚上げし王は酒や女に溺れだしテキトーとなった。それでも元の能力が高いためかなんとか国政は運営されていた。
第一王妃もあちらがやる気がないのならこちらもやる気を出しても仕方がないとその問題を放棄することにした。ところがこうなってから突然その問題を取り組もうとしだしたことに彼女は驚くも、しかし納得した。
自らを苦しめるのならば最も面倒なことに取り組むのは道理である。この人はきっと最愛もものを失ったことへの罰を求めている。
老醜を受け入れるのもそれだし難題に取り組むのもそれ。なるほど、と第一王妃は椅子から立ち上がる。そんなに苦しみたいのか。ならばいい、私が成功に導いてあげる。第一王妃は王の手を握った。対等である証のシェークハンド。これにてビジネスパートナー関係が復活。
そして始まる陰謀ではない陽謀であり、これはいままでの時代に使われてきた真の意味で世界を動かしてきたものであり、これからの時代ではもっと注目されてしかるべき言葉になるはずである。
王、陽謀をもって歴史を創りにいく。



