悪意が漲るそのクレナイの頭脳では閃きというか新たなる解釈が産まれる。
そうだとも陰謀論が誕生するのだ。世界の真実に気づいてしまったのだ!
思うに……あの話は全部サビのでっちあげでまさに偽神話なんじゃないの? というのはもちろん紅の熱血的妄想である。
憎悪から妄想が生まれるのか、それとも妄想から憎悪が生まれるのか、はたまた同時に生まれるというかこの二つは言葉が違うが同じ存在では?
と思わせる感情を抱くのは世界ではこのクレナイだけ。他の誰もこの二人の仲を疑りもしないし嫉妬もしない。それぐらいサビはテツに尽くし全てを捧げている。
「俺の人生とはテツを王位に就かせることだ。そのためにはなんでもやる」
だからなんでもやっている。努力し王になるための計画を立てている。テツも兄の言うことを全て聞き入れ受け入れている。
そうであるからこそ憎たらしい、とクレナイがそんなサビに対して悪意を抱くのはただ一人の存在なのだ。
願望を異次元のレベルになるほどに圧縮させ見えなく感じさせずにして自我を殺し続けるのがクレナイという女。愛さないように愛する成立する矛盾。
しかしこんな不自然なことをしていたら必ず反動があるはずだ。そしてその我慢の反動または代償こそがサビへの悪意であった。聖なるものへの反感、お前は偽善者なはずだという根拠無き拒絶反応。
私がこうなのだからお前もまた偽善者なはずだ。しかも自分より偽善が深いはずだ。この他者への非難は自己非難を回避するための手段でもある。
だがこんなことを知るものは誰もいない。クレナイ自身も自分は悪意を抱いているという自覚はない。
サビへの嫉妬心が妄想を生み彼の悪事の可能性を作り上げているのだ。
自分は嫉妬に狂った悪者である、という自認をすることを人は出来にくい。自らの悪を見ないために他者の悪を追求し敵とする。
あちらが悪の敵であり、こちらが善で正義の味方。これはよくあることなのである。
頑張れば頑張るほど尽くせば尽くすほど、誰かに恨まれる。全てに憎まれる人がいないのと同様に全てに好かれる人もいない。
アリストテレスの言葉を用いれば「すべての人の友であるものは、誰の友でもない」
確実に失敗する方法があるとすれば全員に好かれようとすることである、との言葉もあるように、誰にとっても友になれないものがどこかにいるのであり、サビの場合はそれがクレナイであった。
ただそれだけのことである。しかしサビの場合は厄介なことにクレナイを信頼していた。
たとえばこんな問答である。
「今日テツのことで何かあった?」
「別になにも」
返事の内容がこのようにまことに素っ気なさがかえってサビを安堵させる。
本当に何もなかったのだと。こんなにクールな彼女であることに心から満足している。
クレナイには変な欲望や野心といったものが見られない。よってサビは思う。彼女はテツと自分のよき相棒になれると。
他のもののように弟のことで目の色を変えたりせずに自分を持ち続け流されず客観的な視線で以って我々を支えてくれる。
なんともありがたい存在で友である、と。とんでもない話である。
この世で最もテツのことで目の色を変え自分を失い感情に流されっぱなしで、主観的な視線で以って二人の関係を壊したがっているのがクレナイなのである。
あんたなんかいなければ良いんだと思ってやまないのがこの女だ。ここまで評価が逆なのはそうそうないことだ。よってこれこそ獅子身中の虫ともいえる真の敵でもあろう。
これはサビの勘が悪いということではない。それどころかその勘の鋭さは母譲りの無比なるものであり、戦闘の最中ではもちろんそうであり、会話の中での嘘を見破ることにも長け、そして人を見る眼もある。
彼が文盲であることがこの非言語的感覚の習得に深く繋がっているのかは不明であるが、ここで言いたいことはサビが決して不明であったからこうなっているのではない。
これはクレナイのほうが上手だということ。秘密や隠し事といったことが神の如し。
母をも欺きその正反対の位置にいることを自らに架しているある意味で裏切り者。
誰もその心の真実を見つけられない。
誰もそのその心を知ることはできない。
このことを知るのは作者と読者のみ。神のごとき視点でないと決して計り知れないところ。
そんな彼女はサビとはよく会話……もとい取り調べをしている。
「サビのお父さんってどんな人だったの?」
「父親? さぁ誰だろうな。俺も知らない」
「お母さんから聞いたことは無かったの?」
「話してくれたことはないな。母親に知らなかったんじゃないのか?」
「不幸な事情とかだったらすまないけど、たぶんそうじゃないよね。ただ単に話したくなかったことか。伯母さんは知ってたんじゃないの?」
「……伯母も知らなかっだろうな」
「ふぅん、そう。ところでこのあいだ」
と雑談をしてここから本題に入るふりをして本題は既に終わっているから以下略である。
お分かりのようにクレナイはこういうやり取りを通して前提にある神話を崩していっている。サビが父親を隠しているのはまだ存命中であり、そしてその口から姉妹関係だなんて嘘出鱈目だと証言されては困るというものだ。
「姉妹だなんてよしてくださいよ。あいつは下女だっただけですよ」
なんてことを言われたら面倒であるから父を殺しているのだ……この悪党が! 御自慢の妄想力と悪意ある「こうだったらいいのにな」が組み合わさり、あの神話は錆びついた陰謀論でありそしてこれから紅色の神話が少しずつ完成されていく。
そのまんま紅い陰謀論である。
それはサビという天才的陰謀家による王位簒奪計画、先ずは王子と血縁関係にあるという設定にして王になるために協力をし、そして王子が王となったら裏から実権を握り権力を得る……あるいは王を排除し自らが王となることだってあり得る。
如何にもありそうな話じゃないか。歴史にそういう話はたくさんあるしそうなる可能性は極めて高い。
そうだとも自分は部下の子であり王子に対して忠義を尽くすのであります、という設定でも良かったはずだ。
真に尽くすというのならそっちでも設定の方が良かったはずだ。そうしなかった理由はひとつしかない。
美を独占しそして権力を得るという意思だ。それこそがあの錆色の神話の真意でありサビの陰謀なんだ。
みんながみんなそのサビの陰謀に引っ掛っているが自分だけは引っ掛らない。
自分だけが真実に目覚めたといってもいい。私だけがサビの陰謀を暴きその野望を打ち砕く。
それがテツ君への私なりの最大限の愛の表現だ。私は君を救う、そのためにあの怪物を倒す。
奴の正体を暴き晒しあげ君に真実を見せたい、あいつは、そういう奴であったと、君を私みたいに目覚めさせたい。
あの偽善の仮面を剥ぎ取ってあげる。
己の仮面の下にある欲望の醜さを見えないよう愛で糊塗した陰謀もとい、その紅色の神話、己が見たい真実を目指し始動。



