美しいものにはあらゆることを教えたいし全てを伝えたくなる。そうであるのなら美は自ら喋る必要はない。
ただ話を聞いてニコニコしているだけ。これも母からの才能の遺伝であったかもしれない。彼女は稀代の聞き上手であり話者を決して退屈させなかった。
人間は意外なことかもしれないが喋らない相手に対してとても心を開きやすい。それが猫や犬またはぬいぐるみやロボットでもいい。要するに拒絶に反論または口ごたえをしてこない相手にはいくらだってなんだって話せる。それらは決して自分の話をしないのも大きい。。
自分の苦悩やプライベートに到るなんでもをそのまま受け止めてくれる意思なきもの私心なきものを人は愛する。これは話している当人にとって話す相手を愛しているのではなく、反射する自己愛というものかもしれない。人は心を打ち明けられる相手を愛する。
愛するからこそ打ち明けられるのではなく、打ち明けたからこそ愛することでもある。打ち明けているのに愛さないなんて不可思議怪奇の二律相反と言わざるを得ないだろう。だからAIに相談をすることによって人間は自分に寄り添った返事をするAIに愛を抱きやがては人として扱い出す未来だって想像可能だ。
実際のところテツは話してくる相手に特に興味はない。あるはずがない。話しや感情を全て受け止めていたら心の容量が持たない。
全てを受け入れるが全てを捨てる。これが貴人に情無しの一端である。しかし滅茶苦茶に好かれるのだ。つまりテツは愛を受け入れはしないが拒否もしない。
こちらへの愛を尊重するというスタイル。要するに「愛してくれて感謝する」である。スターとファンの関係に近いものだ。この距離感を保つ限り幸福になれるというもの。
いわば王と民の関係そのものの理想。民は王を愛し、王は民を愛する、理想のスタイル。それでこの間に挟まる者たちがいる。廷臣といった貴族や官僚に宦官などであるがその間にいるのがこの場合ではアカメ一族のもので兄のサビや養母のカツテや義理の姉であるクレナイといったところ。
テツは美の結晶のため構われ過ぎてしまう。よって構ってくれる相手よりも構わない相手が珍しく希少性が高い。
ここで話を戻してクレナイである。テツからしたら彼女は自分に興味がなくいつも同じく勉強をしてくれる存在。彼女はひたすらに自分のことばかり考えているようで気が楽である。
養母であるカツテとの会話なかでクレナイがテツが将来王になるのなら、私もついでに上京して都の学校に入って国の政治に関わる職業に就きたいとのこと。この進路希望にカツテは大満足しテツも感心した。そうかそうかそういうことなら美に構っている場合ではないと。
勉学で身を立てようとか偉い話だ。文句の付け所がない。母のカツテも自らのことも省みる。自分は都に帰りたいそして娘は都で暮らしたい。そこは共通しているのも母として喜ばしいことである。
ということでこの点でも母は娘に欺かれている。クレナイの本心は勉強なんてどうでもいいし都なんか興味がない。ただ自分はテツの傍にいたいだけ、それだけ、それだけの人生。
そんな態度をおくびにも出さずにいるためテツは安心しきってクレナイを特別視し姉呼びである。
それにしても彼女も辛い立場だ。「実は君のことを愛しているの」と口にしたら破滅する関係。無関心が義務付けられた関係。本心を出したらいわゆる蛙化現象がすぐに起こってしまう。そんな人だとは思わなかったよ! こんなことを言われた日にはすぐさま崖から来世に向かってダイヴするしかない。とはいっても絶対テツ君の娘として生まれ変わると強く念じながらの前向きの自決である。
だが、本性を隠すだけなら彼女も耐えられた。ここまでは我慢すればなんとかなる次元の話。そう、もう一つ上の次元に到ってはクレナイも耐えがたきであり、いつ破裂するか分からぬ次元。
それは兄弟が仲良くしているのを見ること。え~麗しき兄弟愛を見ればファンとしては心が満たされるのじゃないの?
そう御思いの方は多かろうし自分はそういうのを眺めるのが好きという人もいるだろう。壁となり観葉植物となって仲良し兄弟の邪魔をせずに見続けたい、と。
そうなのである。クレナイはまさにその立場にいる。彼女はテツには無関心に徹しているために全く以てお邪魔虫にならずに済むため、兄弟は昔から彼女の前でいつものように自然そのままに振る舞った。
サビはテツを抱きしめ頭を撫で抱擁したりといった愛情表現の限りの尽くす。だがそれは……クレナイがやりたいことを全部やっていることである。
そうサビは自分のしたいことやりたいことを全てやっている!
自分は姉なのである。もちろんそれは慣習的なものであり設定であり狙ったものである。だがそれでもお姉さん呼びされているんだ。それなのにこれができないだなんて!
これこそ名ばかりお姉さん、名を取り身を捨てている状態。名を取るより身を取りたいものだ! だが身を取ろうとして名も失ったら元も子もない。だからこそうして名で我慢している武士は食わねど高楊枝精神に徹しているというのに……こいつはサビは違う!
そうだこいつは名も身も取っている。私の出来ないことをしている、なんて悪い奴だ強欲の壺も真っ青でドン引きだよ! コスト無しでそんなこをしていいわけ? 運営が使用禁止しているのに! 自分だけ特別ってこと? そんなズルいよ許されない! 私は我慢しているのに!
そういうのは本物の兄弟とかでないとできないもので、という自らの心の声に対しては、あっちは兄弟といっても従兄弟だ、それでも親類といったら自分は十年以上共に暮らしてきたからそうだ。
それなのにおさわり禁止なうえ他人のそれを見せつけられるだなんて。そりゃ私だって触ろうと思えば自然に触れるよ。頬とかごく自然に撫でることもできよう。
でも触ったが最後もしも手が意識を超えて離れられなくなったり、無意識に揉みしだいだら自分の秘密がバレて人生崩壊するかもしれないからできない。なら見なきゃいいだろ? なに言ってんのよ! 見たいに決まっているでしょ!
あの醜いのは目に入らないようにするけど笑顔のテツ君は見たいの、だって私の人生なんだもの。でさぁ、そもそもさぁ、いっつも思っているんだけど、本当に従兄弟なの?
サビは母親似とかいうけど例のあの母姉妹も本当に血が繋がっているか怪しいじゃないの! だってそうでしょ? いくら何でもに似なさすぎている。お母さんの話だとテツの母は美そのものであったけど、サビの母はまるで女に見えない醜さだったみたいじゃないの。
常識的に考えてすっごく怪しい。つまりその二人が姉妹というのはサビの嘘かもしれない。
本当は王妃とお付きの下女とかの関係を姉妹としている可能性だってある。つまりサビはテツを独り占めするためにそんな嘘を吐いてみんなを欺いている。そうだあいつはこの世の全ての美を独占しているんだ! 許せない!
己の欲望を満たすために嘘偽りで人を苦しめるだなんて……この、醜い外道がぁ! 私はお前のその薄汚い陰謀を暴いてやりたい!
次回まだまだクレナイのターンが続く。



