クレナイについて見てみよう。
彼女の年頃はサビの少し下でテツより少し上という中間に位置する。現在12歳あたりとなる。
世界で最も美形なテツと世界で最も醜いサビの間にいるということは、その流れを汲めばその容姿は中間といったところか?
美と醜の間に挟まるとしたらそうではないのか? という発想が出てくるかもしれないがそう言ってもいいかもしれない。
美しすぎず醜すぎない、そんな抽象的な言い方をしてもいいが、より本質的に書くとクレナイは中性的である。
パッと見ではどちらかがすぐに分かりにくい。知識がなく初対面の場合は判断に迷うぐらいにスッキリとした清潔感がありすぎる娘であった。あらかじめ女の子と言われていればすぐにそう認識できるが、悪戯に事前に男だと伝えられていたら間違えたままそういう風に対応してあとでびっくりするというタイプ。
少年寄りな顔なうえに喋り方も女の子っぽさがなくそこも中性的。言葉はあれだが色気は無く女らしくないかといって男らしくもない、それがクレナイという女の特徴である。
性別が、ない。意識的に失わせている。そしてこれは母であるカツテの教育方針ではなかった。
ここから繰り返しになるが何度も説明すると、カツテは都落ちして田舎暮らしをする身だが都の習慣を意地になって墨守するようなタイプではない。
地元に積極的に染まり少しずつ都風に改良させていく暮らし方をしていた。上からの改良ではなく中に入っての改良という策をとっている。
都ではこうだったとかいう出羽の守仕草をせずに地元に馴染んだ教育方針にしていたが、不思議とクレナイはこういう子になった。どういうことなのかな? とカツテは首を捻る。
都の流行であるジェンダーフリーという言葉は教えなかったし、かといって女の子らしくしなさいともうるさく言ったことがない。まぁ環境かと母であるカツテは思うしかなかった。男の子が多い環境なのだから女の子らしくするよりもそっちの方が良いか。
それにそのうち年頃になれば女の子らしくなるでしょう、と楽観的である。無理に厳しくする理由もなかった。自分がお妃になるために受けた教育をここでしても仕方がない。
おまけに自分がお妃になれなかったからといって自分の娘をお妃にして夢を叶えようという考えは彼女にはない。私は私、娘は娘、あなたのしたいことが見つかったら手助けしますというスタンスである。
もっともクレナイが私は王妃になりたいとか言い出したらカツテは眉をしかめるだろう……私はなれなかったのに? とか思うかもしれないし、思わないかもしれない。
それとカツテとしてはクレナイがそういう少し変わった子で良かったと心から思っている。テツとの件である。以前に書いたようにテツは男も女も魅了してやまない母譲りの美を持っている。
特に女の子に関してはその効果ははなはだしく人格が女の子から雌になるみたいに一変してしまう。そこが母と違うのも美と王の血がブレンドされたせいかもしれない。
美に権力が付与されたら一気に価値が跳ね上がる魔性ともなる。対象の社会的地位に惚れるのが女というもの。学校の先生や部活の先輩がモテるのはそのまんま社会的地位の賜物である。偉い人もとい人気者はモテるからこそ男は努力するしそこに女が惚れるから社会は回っていく。
よって未来の王子様が若い娘に好かれるのは当然すぎるほどに当然なのだ。だからこそ御学友は厳選しなければならない。勉強とはライバルを作って切磋琢磨させるのが効果的なのだ。
しかし勉強好きな男の子は周りにはあまりいない。頼りにしたいサビは進んで文盲の道に入っているしこの件に関しては完全に役立たずだ。男の子も男の子でテツの美に魅了されがちになるのか勉強どころではなくなってしまうことが多々ある。
どうすればいいのか……なんという苦悩を教師であるカツテは抱かずに済んだ。我が娘クレナイである。この子はあらゆる条件をクリアしていた。
テツに対して発情したメスみたいな反応は示さずに素っ気ない態度をとっている。勉強は好きでありテツを弟としか見ていないようだ。これ以上に無い人材である。
なるほど女の子成分があまりないからこそテツに魅了されずに男装のほうが似合いそうな中性的なものとなっているのか。教師兼母であるカツテはそう判断し服装とかも特に何も言わなかった。自分は派手な服が好きだったため娘の地味な服装は理解できないものの、父親似だという判断。
勉強好きなところは自分とそんな風に考えながらこういうことにした「自分にはあまり似ていない娘」だと。
……前にも話したがあるデータによると母親というのは子に騙される存在であるようだ。母親は子供の嘘に一日何回騙されているのか? という答えがたとえば100だとしたら驚くだろう。
けれども勉強した? 野菜食べてる? 学校楽しい? みんなと仲良くやってる? とか聞かれて正直に答える子供がどれほどいるだろうか? この質問だけで5回も母親は子に欺かれることになる。
そもそも嘘には気遣いでの嘘もあり方便という言葉にもあるように罪のないものだって多々あるというものだ。命に関わる嘘と心配させたくない嘘を悪意ある嘘と一緒にするのは酷であろう。
では話を戻してクレナイの嘘である。彼女はテツを弟だなんて見做してなどいない。とんでもない誤解である。弟だなんて冗談ではない。クレナイにとってテツは愛しの人である。自分よりも尊いものである。
永遠であり沈まぬ太陽そのもの。
将来世界で一番偉い人になるという未来があってもなくても、彼を心から愛している。それがクレナイという女。母親であってもそこは見抜けない。
父の一途な愛情深さと母の秘密事の巧みさが合体した正しく二人のハイブリッド型な娘であった
「ほら早く着替えて。午前の分が終わるまでご飯は食べられないよ」テツの着替えを手伝うクレナイの声は低くゆっくりで無感動である。
これは彼女の努力の結晶たる演技の賜物。もしもそこいらの娘にこれをやらせたら大変なことになる。黄色い声をあげながら大急ぎで服を脱がせて大感激!
とてもじゃないがこんなんで御学友にはなれません。教室から追い出されて当然で二度と敷居は跨げませぬ。ところがクレナイは、違う。自分を抑えている。自分を殺している。自分の欲望を抑え込んでいる。
驚異的な精神力でふるえひとつおこしておらんッスタンドも! である。どうして? だってそうしていれば愛しの人の傍にいることができるからである。
彼女は母の意向をすぐに察知できた。子供には親が望んでいることを察する能力がある。綺麗な男の子に感激して我を忘れるものを母は望んでいない。
なら自分がそうでないものになるのだ。そうしたら自分がこの美を独占できることができる。少女の頃からクレナイはこの目的のもと全てを整えた。
自分は美というものに興味がなく色恋ごとなど全く以てどうでもいい、と自らを律していく。すると自然と服装は男装的なものとなり口調もぶっきらぼうなものとなりそして外見も中性的なものとなっていく。
女になるための努力はやめた。全ては愛のためのもの、この逆説的な行為に誰も気づくものはいない。両親も兄弟もサビもテツも気がつかない。愛のない行為が愛ゆえの行為など分かろうはずがない。
小説でないと分からない。こういう文章でないと分かるのが困難となる。その努力の甲斐あって手に入れたものがある。
「お姉ちゃん、ここ分からないから教えて欲しいんだけど」
姉という地位である。姉なるものとなっているこの時こそが彼女にとっての白夜であり永遠である。
次回、「お前さえ居なければ私がテツ君のお姉さんとして永遠の絶頂でいられるんだよ」をお送りいたします。



