醜と美そして陰謀論、を物語る。


 三男はあの姉の愛を言葉にはできないが分かっていた。だからこそテツの目の色でそれを察した。

 この二人はかつての二人のような関係ではない。そう、あれは神話なのだ。完成された関係。そしてその神話は続くどころか終わり向かっている。

 彼の自我が確立するに従ってだ。

 ここでテツの話をしよう。結論から言うとこうなる、テツはサビを本質的には嫌い憎んでいる。

 だがまだそのことには気づいていない、その過程の段階にあるのだ。彼が物心がついたころに先ず思ったことのひとつに兄の存在があった。

 従兄弟となるが同じ血の繋がったものであり兄弟扱いされているものである。つまりはこの世で最も似ているものであり最も近い存在だということ……どこが? とテツは次第に思いを募らせていく。
 
 あまりにも似ていないではないかと。それは幼少期から周りの人達の反応でもよく分かった。自分といるときみんなは笑顔となる。

 けれども兄がその場といるときはみんなの反応が微妙なものとなる。笑顔はあれど緊張している。そして兄が傍からいなくなるとみんなは元の笑顔に戻る。ある人の無意識に漏れたであろう呟きが耳に入った。

「醜いなぁ……」と。

 そう、兄は醜いという存在なのだ。人の心を暗くし緊張させるもの。そして自分は人の心を明るくし微笑ませるもの。これを美というのだろう……これがどうして兄弟であるというのか? 

 自分と兄……いやあの人と同じ血が流れているのは本当なのか? 僕の記憶の最初にはこの人がいる。周りの人もこの人はあなたの兄だと教えてくれる。

 だから僕とこの人は兄弟なのだ。しかしもしも周りの人がそう言わなかったら僕はそれを信じないだろう。もしもそうではないと言ったとしたら僕はそれを拒否するのだろうか? 僕は……

「テツ、どうした?」
「うん? いや、なんでもないよ兄さん」

 いけない、とテツは首を振って思う。なんて悪いことを考えていたのだと。王子の屋敷からの帰宅中の道すがらにまたやってしまった。

 そうなんだ、最近特にそうだが兄のことを考えだすといつもこうなってしまう。兄弟であることを否定してしまいそうになる。恐ろしい考え方だ。

 こんなことを考えるのは許されないことだ。こんな考えは悪そのものだ。

 僕らが天涯孤独にならずに済んでいるのは互いの存在があるからこそなのに。兄が醜いから違うというのもとんでもないことだ。

 周りの者たちが勝手に言っていることであり、自分としては何も感じない。たとえ醜いと言われても兄は兄でありそれは美醜などを超越している。

 血と運命で以て僕らは繋がっているのだ。

似ていないという声はまるで僕らの関係を否定するようにも聞こえて気分が悪いのだが、それは兄のせいではない。

 そうだ、周りに影響されてそこに同調してはならない。みなはみな醜いとか美しいとか好きに言えば良い、僕はそれを客観的なものとして否定しない。見られるものはそこに対して反論することなどできない。

 だが主観的には僕らはそれとは反対側にいさせてもらう。そこもまた否定しないでもらいたい。そうだとも僕は兄の期待に応えなければならない。

 兄は僕に幼い頃から同じことしか言わない。お前は王になるものなんだ、と。そしてそれしか望んでいない。そのために兄は全てを犠牲にしている。

 だから僕はそれに応えるべき務めないとならない。そんな兄を醜いだなんて僕は思ってはならない。僕だけは思ってはならない。それが僕と兄の絆でもあるんだ……けど、もしもだ、もしそうではなかったら、僕はこの人の醜さを…………だからやめろって言っているんだ! どうして頭の中で自動的にグルグルと同じことが繰り返されるんだ!


 このように美と醜についての善悪または正否の間をいつも反復横跳びするテツ。彼にはご存知のようにあの二つの血が流れている。

 美のイデアたる母の血は表となって完全に現れているものの、そのもう一つの内面である父である王の血は誰にも見えてはいない。

 テツ自身がいつも意識してしまい悪戦苦闘しているもの。だがサビは王の血は飾りだという認識であるからここに気がつかない。

 愛する弟の葛藤がまるで見えていない、恐ろしいことだ。つまり自分はあれについては何でも知っている! と豪語するものが案外あまり見えていない分かっていないという現象がサビを襲いつつあるのだ。

 自分の父親の血について全く興味がないということがサビにとって回り回って最悪の形として現れる。

 とはいうもののテツの中で父母二つの血が対峙する際はだいたい勝つのが母方の血の方である。美の勝利でありブサイク嫌いな王の血はいつも退治されるのだ。もっともすぐに復活する様は魔王であろう。そしてテツはまた以下のように繰り返す。


 そうだとも周りがなんと言おうがそれがどうだというのか? たとえ世界中がそうだと言っても自分だけはそうではないと言う。あなたたちがそれが間違いだというと言っても自分は兄とともに行くと。

 自分と兄とはそういう関係でしかないのだ……自分に言い聞かせるも、すぐさま魔王が囁くだが、それでいいのか? もしかしたら兄の方が間違えている場合だってあるんだぞ、お前はその際には言いなりにはならず違う道を、そう自分の道を行くのだ……お前は俺の息子なのだからな!

 父なる声が内部から聞こえてきて葛藤によるあちこちに行ったり来たり白黒つかぬところでの迷子状態。テツはいつもそのあたりをうろちょろとしていた。

 だがあることについてテツはサビに対する明白な怒りがあった。

 内なる声たちも沈黙をするひとつの物事、それはサビの覆面である。いま被っている、それだ。

 テツはそれを酷く醜いものだと感じていた。素顔よりも、酷い。この彼だけの感想。醜悪、この上なし。どうして隠すのか? そんなことは分かっている。

 兄の顔は特徴的であるから隠していると。復讐をするものは正体を明かしてはならない。その説明は正しい、だが兄は兄でその覆面を気に入ってはいないか? もしかしてあなたはその醜い顔を気にしているのではないのか? まるで醜いという周りの声に屈しているようでその性根には醜さを感じてならない。

 僕は気にしていないというのに……世界中で糾弾されても僕は自分の兄だと胸を張るというのに、これは一種の裏切りではないのか? 覆面は僕としてはやめてもらいたいことだ。

 そうだともその覆面のように兄さんは僕に対して何かを隠している。あの覆面のように大切な何かを隠しているんだ。だがそれが何かは分からない、けど、あなたは僕を……騙しているのでは……その象徴がそれで……

「熱いな、そろそろ脱ぐか」

 サビがアカメの家の敷地内に入ると覆面を外した。するとどうだろうテツのさっきまで自分の中で渦巻いていた疑惑がきれいさっぱり消失する。

 不細工で醜い兄の真実が目の前に現れるとテツは世界が元に戻ったと感じそしていつものように反省する。自分はなんという悪いことを考えてしまったのかと再三見たあれを頭の中で繰り返す。

「兄さん、家まで競争しない?」
「駆けっことはいいな、よしやろう」

 誤魔化すべくテツは駆ける。考えてはならない、動いて、走って頭の中をクリアにしよう。立ち止まるからいけないのだとテツは自分に言い聞かせる。

 こうやって目標に向かって一緒に走っていけば、さっきまでの不満なんてすぐさま後方に吹き飛んで行く。あんなものは下らないものに過ぎず考える価値すらないこと。

 兄への不満? そんなものはどこにもない。有るはずがないんだ。あってはならない兄は僕が王位に就くことに全てを費やしてくれている。

 そこに自身の出世欲なんてものはない。疑うなんてよせ、信じるんだ。僕はただ兄を信じていれば良い。僕の母がそうであったように、叔母の導きによって王妃になれたように、兄が物語るあの神話のように、僕もそれに列なるべきなのだ。

 ……しかしテツは母とは違う道を歩まざることをこの時彼は気づいてはいないものの、なにか不安というものを抱いていた。それと対照的にサビはどこまでもあの妹のように真っ直ぐでありテツのような迷いを抱くことなど無かった。

 まさかサビがテツの心を疑うなんということがあるはずがない。母が子のことを疑わないように。あの伯母が自分の母の心を疑うことがあっただろうか? 

 サビは幼いころの記憶を辿ったとしたらそれはないと断言できる。そしてあの時の二人が倒れずに今も生きているとしたら関係に変化は生じたか? あり得ないと彼は思う。

 そのうえでその生きていたという仮定とは自分たち二人の関係の継続だということをサビは意識している。都から逃れた二人の姉妹は虎視眈々と機会をうかがいいつか上京し王位の座に戻ることを願い続ける。

 その役柄が姉妹から兄弟に変化したということだ。そこに違いはない、自分たちは母たちの息子としてあの神話の続きをするだけなのだ。サビはそう思っている、だから弟もきっと……だが、しかし、これがこの先の物語となる。

「おかえりなさいテツ君、勉強を再開するから教室に来てね」

 二人が家に戻ると玄関には女の子が立っている。カツテの娘であるクレナイ、紅、または暮れが無い、その白夜の人。その心の内は? また次回。