「俺はなんて醜いのだ」
男が鏡のなかの自分の顔を見つめながらいつものルーティーンをこなした。
自分の醜さの再確認である。うむ、今日も醜さが絶好調。見たものはみな嫌な気分となること間違いない。
鏡よ鏡よ鏡さん、この世で最も醜い人はだぁれ? 鏡の口がきけたらこう答えよう。
「おま」
「俺だ!」
いや、鏡が答える前に彼本人が叫ぶ。というか問うこともないだろう。
必要が無いのだから問うことはない。
全ては自明のことでありなによりも自覚的であり彼は誰よりも信仰している。
このことに関してそれ以外の解釈を彼は許さない、これを、認めない。
世界は自分のこの解釈に従うべきなのだ。これはそういう物語である。
すると鏡を前にした彼の背中を想像する私たちはこう思うかもしれない。
「こいつどんな顔をしているのだろうか?」と。
それに対する説明が何故なら彼は世界で最も醜かったと書いたとしたら不満かもしれない。
おいそこが気になるところじゃないかちゃんと描写してどれだけ醜いかを説明しろ、と。
けれどもこれは美という概念と比べると不思議かもしれない。
例えば彼女は世界で最も美しかったという文章があるとしよう、というかそのようなものはそこいらに溢れているわけだが、ここにもあることにする。
彼女はとても美しかった何故なら、とここから瞳の色やら髪質やら顔の形や唇の色に衣装やらスタイルの良さそして生まれや身分職業教養、いくらでも並べてもいいが、しかし我々はどこまでそれを求めるかである。
徹底的に知りたいと思う人は少数でただ一文「彼女は世界で最も美しかった」とでも書かれていたらそれで満足するのではないのか?
そう、そこからの想像はこちらに任せて欲しい、私には私のなかに理想像である美のイデアがある。
自然に彼女の姿を思い浮かべられるし、その脳内では耳あたりが良い声すら鳴り響いて聞こえてくるだろう。
その声がまさかイメージとは違う濁声なはずがない、だって美人なんだからさ!
そうなると作者の記述すらノイズとなる可能性が高くなる。
いいや彼女の声は実は甲高くてあるいは顔に似合わず幼稚な声で、などと書いてもそれは公式が勝手に言っているだけだからと脇へと除けられ塵取りで片付けられる、そういうことだ。
体臭が濃いとか余計なことを書くなそれは醜い方に設定しておけ、でも匂いが濃い方が味わい深くて良いんじゃない? それはお前の趣味だ押し付けるな、とキリが無い。
そう、人は美なるものを愛し素直に受け入れたり受け入れたがるのは、それが心地よいものであるからである。
透き通った水に手を浸す気持ち良さ、山頂で清涼な空気が吸える喜び、美とは理想の自然でありそれに対して人は疑問を抱かない。
そもそも美しさを疑いたくない、だからここを付込む詐欺師が世に幅を利かせるわけだが。
そう、好意的なものに人は疑問を抱かない。
そうであるからこそ逆に嫌悪的なものには人は疑問をいだかざるを得ない。
どうしてお前はそんなに醜いのか!? と。
嗚呼醜いものなんて想像したくもないし見たくもないが確認しておきたいところだ! 一応味も見ておこうとか好奇心も働く。
この奇妙な心理は警戒心が根本にある。
不快感により自分の勘が働いているというのは動機としては十分だ。
あいつは怪しいと俺の勘が囁いている。用心に越したことはなかろう。
醜さには理由があるはずだという前提を人間はずっと持ち続けてきた。
脅威には理由があるはず、そうしなければいつ自分にそれが降りかかるか分からなくなる。自分に関係があったら困るし厄介事だ。
何かがあるに違いない……そう何か陰に隠れた謀があるかもしれない。
これもひとつの陰謀論と言えよう。
その醜さは自分とは関係ないことにしないと安心ができない!
なぜそんなに肌の色が我々と違うのか?
なぜそんなに瞳が剥き出しなのか?
なぜそんなに鼻がでかいのか?
なぜそんなに口が大きいのか?
なぜお前は俺達とどこか違うんだ?
異形とは過剰のことである。反対語の同形とは一言でいえば平均的と言える。
そう美とは優れて平均的なものでありそれは整っていることをいう。
整形とは異形を同形に近づけるかすごいものになるとそうしてしまうという一面もある。
だから整形顔は記憶には残りにくいも心に引っ掛らない安心感がある。同じになるということは仲間になるということ。
自分をそちら側に置きたい。
ところが異形はそうはいかない。心に引っ掛るし気になって仕方がないのだ。
自分と同じとしたくないし仲間だと思いたくない。
問わずにはいられない。しかし、問えない。
なんでそんなに醜いのか? などとそうそう人は問えない。
だが気になるこの関係性が不快さの一因でもあろう。
美ならそのまま受け入れればいい、だが醜はそうはいかない。
受け入れたくないのだ。だから嫌われる原因となる。醜いお前が悪いということで排除に動きだす。
しかしこの彼はここからが違う。彼は自分の醜さの原因の可能性を示唆するのだ。
俺は実は……この先はまた次回に。



