受験生な私の夜は、アニキの手作りスープで温まる。


「おまえ、こんな時間にそんなもん食ってると、体重・体型ともにやばいことになるぞ」

キッチンでカップラーメンにお湯を注いでいると、居間からアニキのヤジが飛んできた。


「何言ってんのよ、受験生の夜は長いのよ。自分が受験生だった頃のことは忘れたのかね?」

「んな昔のことは、勉強した内容も含めて、ぜーーんぶ忘れた」

私もこうなってしまうのだろうか? 受験勉強とはいったい何なんだろう……


「ところでさアニキ、確か飲食店でバイト始めたんでしょ? 可愛い妹のために夜食ぐらい作ってくれてもいいんじゃない?」

「あー、そういえば、受験勉強してた頃のこと思い出した。お前が俺のために夜食を作ってくれたことなど、ついぞなかったぞ」

「……だって私、部活で早寝早起き生活だったからしょうがないでしょ」

「いいかよく聞け妹よ。世の男子どもはみんな『トントン。おにいちゃん、入ってもいい? 簡単だけど、お夜食作ってきたよ、エヘッ♥』とエプロン姿の可愛い妹が、なべ焼きうどんを持ってドアの前に立っているのを夢みてるんだぞ」

「うわっ、さすがキモキモ大学の『合格判定A』だけのことはあるわね」

「どこにそんな大学あるんだよ!」



こんなムダ話しててカップ麺が伸びてしまったらアホみたいなので、話を切り上げて二階に上がった。


翌日の夜。

トントン。

「サキ、ちょっといいか? 夜食持ってきたぞ」

「えっ、まじ⁉」

ドアを開けたら、アニキがエプロン姿で大皿を持って立っていた。

皿に載っている料理?を一瞥する。


「こ、これ、何?」

「え、見ての通り、キャベツの千切りだ」

「そりゃわかるけど、何でこんだけ? しかも超大盛り?」

「俺が飲食店のバイトを始めたのはサキも知っているだろうが、そこはなトンカツが売りの洋食店でな、今任せられてるのは、キャベツの千切りだ……どうだ、この細くしなやかに揃ったキャベツ。繊細な包丁さばきだろ。体にもいいぞ」

そう言って、アニキは大皿と何種類かのドレッシングとマヨネーズを置いていった。

これが一週間続いた。


トントン。


「サキ、ちょっといいか? 夜食持ってきたぞ」

「えー、キャベツ攻撃、もう勘弁してくれ」

「そんなこと言うな、少しはグレードアップしたんだぞ」

あまり期待せずにドアを開けたら、やはりアニキがエプロン姿で大皿を持って立っていた。

皿に載っている料理? を一瞥する。

「こ、これ、何?」

「見ての通り、キャベツの千切りと付け合わせだ」

ニンジンのグラッセ、ジャガイモとパプリカとブロッコリーをソテーしたものが千切りキャベツの上にドーンと載っている。

「どうだ?」アニキはドヤ顔だ。

「要は、付け合わせも任せてもらえるようになった、ということね」

「そうだ。出世早いだろ」

「じゃあ、メインのトンカツとかハンバーグとかがお皿に載る日もそう遠くはないってことね」

「うーん、確か今のメイン料理担当の先輩は、任されるまで一年かかったって言ってたからな」

「……その頃には受験、とっくに終わってるわ」

兄は少し肩を落としてお皿を置いていった。

これが一週間続いた。


トントン。

「サキ、ちょっといいか、夜食はいるか?」

アニキの声がドアの外から聞こえてきたが、声が小さい。

またキャベツと付け合わせか……ありがたいはありがたいが。


ドアを開けるとエプロン姿のアニキがお盆を両手に持って立っていた。

その上に載っているのは、スープ皿だ。

「これは?」

「ミネストローネ。」

「ひょっとして、スープも任されたの?」

「ああ、こんなんじゃ足りないと思うけど……」

「いやいや、こういうのでイイんだよ、じゃなかった、こういうのがイイんだよ」

「そういうもんか?」

「そういうもん。そこそこ食べ応えもあるし、体にもやさしいし」

「それはよかった。俺のバイト先では、セットのスープは週替わりだしな」

「え、ほかにはどんなのが出るの?」

「えーっと、鮭とキャベツのクリームスープ、チーズオニオンスープ、クラムチャウダーなんかだ」

「えーすごい!」


おかげで冬場を温かい夜食で乗り切り、私は見事! 第一志望の大学に合格することができた。

アニキに借りができてしまった、と思ったが……

私を実験台に『女子は、温かい手作りスープが好き』というマーケットリサーチができて、これを武器に彼女をゲットしたようだ。


まあ、ギブアンドテイク、ウィンウィンだね。

あ、私は食べてばっかか……



とにかく、おしまい。