君と終わった街で

洸太は何も言えなかった。

否定できない。

自分でも、文姫を“忘れていた”とは思えなかった。

高校を卒業して。

連絡も取らなくなって。

別々の人生を生きてきたはずなのに。

名前を呼ばれた瞬間、全部戻ってしまった。

桃花は小さく息を吐いて、苦笑する。

「はー……言っちゃった」

髪をかき上げながら、少し視線を逸らした。

さっきまでの勢いが嘘みたいに、急に年下らしく見える。

洸太はゆっくり口を開く。

「……ごめん」

その瞬間。

桃花が少しだけ眉を寄せた。

「やめてください」

「いや……」

「先輩、そういうとこ優しいですよね、けどちょっとだけズルいです」

桃花は苦笑する。

その目は少し赤かった。

洸太の胸が痛む。

自分は、こんなふうに誰かを傷つける側の人間じゃないと思っていた。

ずっと、追いかける側だったから。

桃花はデスクへ戻りながら、小さく笑った。

「別に責めてないです」

「……平井」

「ただ、ちょっと悔しかっただけです」

パソコンを閉じる。

静かなオフィスに、その音が小さく響いた。

桃花はバッグを肩に掛ける。

「でも、先輩がその人のこと好きなの、なんか分かる気します」

洸太は顔を上げる。

桃花は少しだけ笑っていた。

「さっき少しだけでも話してる時、楽しそうだったから」

その言葉に。

洸太は、少しだけ目を伏せる。

楽しかった。

文姫と再会してからの数日。

久しぶりに、自分の毎日が動いている感じがしていた。

桃花はそのまま出口へ向かう。

でもドアの前で、一度だけ振り返った。

「……まだ諦めないですから」

真っ直ぐな声だった。

洸太は何も返せない。

桃花は少しだけ笑って、

「お疲れ様です、先輩」

と言って、オフィスを出ていった。

ドアが閉まる。

静寂が戻る。

洸太はその場に立ったまま、大きく息を吐いた。

頭が整理できない。

桃花のキス。

告白。

そして。

“十年引きずってる人”

という言葉。

洸太はゆっくりスマホを取り出す。

画面には、文姫とのLINEが開いたままだった。

明日。

また会う。

その事実を思い出した瞬間。

胸の奥が、静かに熱を持った。