曇り空だった。
ビルの隙間を、朝の薄い光がぼんやり差している。
東京に出てきて、もう何年になるだろう。
大学を卒業して。
広告会社へ入社した。
忙しかった。
毎日終電近くまで働いて。
でも当時は、それが嫌じゃなかった。
ちゃんと大人になっていく感じがしていたから。
二十五で結婚した。
相手は仕事関係で知り合った男だった。
最初は優しかった。
ちゃんとしていて。
普通に幸せになれると思っていた。
でも、結婚してから少しずつ変わった。
怒鳴られるようになって。
機嫌を伺うようになって。
家に帰るのが怖くなった。
何をしても否定されると、人は少しずつ自分が分からなくなる。
離婚したのは二十六の時だった。
たった一年。旧姓の【堤 桃花】に戻るのは少し早すぎた。
周りには、“早く別れられてよかったね”と言われた。
自分でもそう思う。
でも、ちゃんと傷は残った。
男の人の大きい声が怖い。
急に距離を詰められると身体が強張る。
恋愛なんて、もう面倒だと思っていた。
誰かを好きになるのも。
誰かに期待するのも。
疲れるだけだと思っていた。
だから仕事だけしていた。
忙しくしていれば、余計なことを考えなくて済むから。
なのに。
どうして洸太とは、こんなに自然に話せるんだろう。
理由なんて考えなくてもわかる。
文姫は窓ガラスに額を軽く当てる。
高校の頃。
洸太は、真っ直ぐだった。
眩しいくらいに。
少し苦しくなるくらいに。
自分だけを見ていた。
正直、怖かった。
応えられないのに。
あんなふうに好かれるのが。
でも。
昨日、電話越しに話していた洸太は違った。
ちゃんと落ち着いていて。
ちゃんと自分の言葉を聞いてくれて。
昔みたいに、“好き”を押しつけてこなかった。
だから文姫も、不思議なくらい安心して話せた。
“いい友達になれそう”
そう思ったのは、本当だった。
なのに。
どうしてそのあと、
“今の洸太、私は好きだよ”
なんて言ってしまったんだろう。
矛盾している。
友達みたいに落ち着くのに。
でも、胸のどこかが少しざわついている。
その理由が、まだ自分でも分からなかった。
ビルの隙間を、朝の薄い光がぼんやり差している。
東京に出てきて、もう何年になるだろう。
大学を卒業して。
広告会社へ入社した。
忙しかった。
毎日終電近くまで働いて。
でも当時は、それが嫌じゃなかった。
ちゃんと大人になっていく感じがしていたから。
二十五で結婚した。
相手は仕事関係で知り合った男だった。
最初は優しかった。
ちゃんとしていて。
普通に幸せになれると思っていた。
でも、結婚してから少しずつ変わった。
怒鳴られるようになって。
機嫌を伺うようになって。
家に帰るのが怖くなった。
何をしても否定されると、人は少しずつ自分が分からなくなる。
離婚したのは二十六の時だった。
たった一年。旧姓の【堤 桃花】に戻るのは少し早すぎた。
周りには、“早く別れられてよかったね”と言われた。
自分でもそう思う。
でも、ちゃんと傷は残った。
男の人の大きい声が怖い。
急に距離を詰められると身体が強張る。
恋愛なんて、もう面倒だと思っていた。
誰かを好きになるのも。
誰かに期待するのも。
疲れるだけだと思っていた。
だから仕事だけしていた。
忙しくしていれば、余計なことを考えなくて済むから。
なのに。
どうして洸太とは、こんなに自然に話せるんだろう。
理由なんて考えなくてもわかる。
文姫は窓ガラスに額を軽く当てる。
高校の頃。
洸太は、真っ直ぐだった。
眩しいくらいに。
少し苦しくなるくらいに。
自分だけを見ていた。
正直、怖かった。
応えられないのに。
あんなふうに好かれるのが。
でも。
昨日、電話越しに話していた洸太は違った。
ちゃんと落ち着いていて。
ちゃんと自分の言葉を聞いてくれて。
昔みたいに、“好き”を押しつけてこなかった。
だから文姫も、不思議なくらい安心して話せた。
“いい友達になれそう”
そう思ったのは、本当だった。
なのに。
どうしてそのあと、
“今の洸太、私は好きだよ”
なんて言ってしまったんだろう。
矛盾している。
友達みたいに落ち着くのに。
でも、胸のどこかが少しざわついている。
その理由が、まだ自分でも分からなかった。

