朝、目が覚めた瞬間。
文姫は数秒だけ、ぼんやり天井を見つめていた。
白い天井。
薄いグレーのカーテン。
窓の外を走る車の音。
東京の朝だった。
枕元に置いていたスマホを見る。
時刻は七時過ぎ。
画面には、昨夜の通話履歴が残っている。
『洸太』
その名前を見た瞬間。
胸の奥が、少しだけ静かに揺れた。
昨日。
洸太と電話した。
気づけば深夜の二時半まで。
高校の頃みたいに、意味のない話をずっとしていた。
眠くなるまで。
切るのが少し惜しくなるくらいに。
文姫はベッドの上で小さく息を吐く。
そして、そのまま一昨日のことを思い出す。
雨上がりの交差点。
濡れたアスファルト。
向かい側の人混み。
その中にいた、洸太。
最初、信じられなかった。
でも、歩き方で分かった。
十年会っていなかったのに。
そんなところで気づいてしまった自分に、少し驚いた。
文姫はゆっくり布団から起き上がる。
フローリングの床が少し冷たい。
一人暮らしの部屋は静かだった。
広くはない。
でも今の自分には、それくらいがちょうどいい。
キッチンへ向かい、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
その間も、頭のどこかでずっと洸太の声が残っていた。
『今の洸太、私は好きだよ』
昨夜、自分で口にした言葉を思い出して。
文姫は思わず顔をしかめる。
「……何言ってんだろ、私」
小さく呟く。
好き。
たしかに、そう言った。
でも、高校の頃。
自分は洸太を何度も振っている。
恋愛としては見れない、と。
近すぎて、友達みたいだったから。
それは嘘じゃなかった。
洸太は大事だった。
誰より一緒にいたし、安心できた。
でも、“恋愛”とは違った。
少なくとも、あの頃の自分はそう思っていた。
なのに今。
再会して、たった二日。
どうしてあんな言葉が自然に出たんだろう。
コーヒーの香りが、静かな部屋に広がっていく。
文姫はマグカップを持ったまま、窓際へ歩く。

