『なんか、もったいなかったな』
洸太は何も言えなかった。
もったいなかった。
本当にそうだと思う。
もっと違う終わり方があったのかもしれない。
もっとちゃんと話せていれば。
意地なんて張らなければ。
でも、あの頃の二人には難しかった。
好きすぎた洸太と。
応えられなかった文姫。
たぶん、どっちも子供だった。
『……ごめんね』
不意に。
文姫が小さく言った。
洸太の呼吸が止まる。
「え」
『ちゃんと向き合わなくて』
電話の向こうは静かだった。
テレビの音も消えている。
たぶん文姫も、今はちゃんとこの会話だけを見ている。
『私さ』
『洸太が傷ついてるの、分かってたんだよね』
その声は、とても静かだった。
責めているわけじゃない。
でも、逃げてもいなかった。
洸太はスマホを耳に当てたまま、目を閉じる。
十年前。
一番聞きたかった言葉かもしれないと思った。
洸太は、しばらく何も言えなかった。
電話越しに聞こえる、小さな呼吸の音。
遠くで走る車の音。
夜の静けさが、二人の間にゆっくり落ちていく。
高校の頃。
洸太はずっと、文姫に気づいてほしかった。
自分がどれだけ好きか。
どれだけ苦しいか。
どれだけ期待してしまっているか。
でも同時に、気づかれたくない気持ちもあった。
重いと思われたくなかった。
面倒だと思われたくなかった。
だから結局、ちゃんと話せなかった。
あの喧嘩の日も。
本当に言いたかったことなんて、たぶん半分も言えていなかった。
「……そっか」
やっと、それだけ返す。
情けないくらい掠れた声だった。
電話の向こうで、文姫が小さく息を吐く。
『ごめん』
もう一度、静かな声で言う。
洸太はソファから少し体を起こして、額を押さえた。
謝らせたいわけじゃなかった。
今さら、誰が悪いとかでもない。
たぶん二人とも、あの頃は若すぎた。
「いや」
洸太は小さく笑う。
「俺もめちゃくちゃだったし」
『でも』
「ほんとに、今だから分かること多いなって思う」
窓の外を見る。
東京の夜景がぼんやり滲んでいた。
十年前の自分には、きっと今みたいな会話はできなかった。
文姫が他の誰かと結婚していたことも。
離婚したことも。
昔、自分を怖かったと言ったことも。
たぶん全部、冷静には聞けなかった。
好きになりすぎていたから。
でも今は。
胸は痛いのに、ちゃんと相手の言葉を受け止められている。
それが少し不思議だった。
『洸太ってさ』
文姫がぽつりと呟く。
『大人になったね』
その言葉に、洸太は苦笑する。
「遅すぎだろ」
『ほんとに』
文姫が笑う。
その笑い声が、少しだけ優しかった。
『高校の時の洸太、めちゃくちゃ子供だったもん』
「お前にだけは言われたくない」
『ひど』
また二人で笑う。
さっきまで少し重かった空気が、ゆっくり解けていく。
でも洸太の胸の奥には、まだ小さな熱が残っていた。
文姫は覚えていた。
自分が傷ついていたことを。
ちゃんと分かっていた。
それだけで。
十年間、心のどこかに引っかかっていたものが、少しだけほどけた気がした。
洸太は何も言えなかった。
もったいなかった。
本当にそうだと思う。
もっと違う終わり方があったのかもしれない。
もっとちゃんと話せていれば。
意地なんて張らなければ。
でも、あの頃の二人には難しかった。
好きすぎた洸太と。
応えられなかった文姫。
たぶん、どっちも子供だった。
『……ごめんね』
不意に。
文姫が小さく言った。
洸太の呼吸が止まる。
「え」
『ちゃんと向き合わなくて』
電話の向こうは静かだった。
テレビの音も消えている。
たぶん文姫も、今はちゃんとこの会話だけを見ている。
『私さ』
『洸太が傷ついてるの、分かってたんだよね』
その声は、とても静かだった。
責めているわけじゃない。
でも、逃げてもいなかった。
洸太はスマホを耳に当てたまま、目を閉じる。
十年前。
一番聞きたかった言葉かもしれないと思った。
洸太は、しばらく何も言えなかった。
電話越しに聞こえる、小さな呼吸の音。
遠くで走る車の音。
夜の静けさが、二人の間にゆっくり落ちていく。
高校の頃。
洸太はずっと、文姫に気づいてほしかった。
自分がどれだけ好きか。
どれだけ苦しいか。
どれだけ期待してしまっているか。
でも同時に、気づかれたくない気持ちもあった。
重いと思われたくなかった。
面倒だと思われたくなかった。
だから結局、ちゃんと話せなかった。
あの喧嘩の日も。
本当に言いたかったことなんて、たぶん半分も言えていなかった。
「……そっか」
やっと、それだけ返す。
情けないくらい掠れた声だった。
電話の向こうで、文姫が小さく息を吐く。
『ごめん』
もう一度、静かな声で言う。
洸太はソファから少し体を起こして、額を押さえた。
謝らせたいわけじゃなかった。
今さら、誰が悪いとかでもない。
たぶん二人とも、あの頃は若すぎた。
「いや」
洸太は小さく笑う。
「俺もめちゃくちゃだったし」
『でも』
「ほんとに、今だから分かること多いなって思う」
窓の外を見る。
東京の夜景がぼんやり滲んでいた。
十年前の自分には、きっと今みたいな会話はできなかった。
文姫が他の誰かと結婚していたことも。
離婚したことも。
昔、自分を怖かったと言ったことも。
たぶん全部、冷静には聞けなかった。
好きになりすぎていたから。
でも今は。
胸は痛いのに、ちゃんと相手の言葉を受け止められている。
それが少し不思議だった。
『洸太ってさ』
文姫がぽつりと呟く。
『大人になったね』
その言葉に、洸太は苦笑する。
「遅すぎだろ」
『ほんとに』
文姫が笑う。
その笑い声が、少しだけ優しかった。
『高校の時の洸太、めちゃくちゃ子供だったもん』
「お前にだけは言われたくない」
『ひど』
また二人で笑う。
さっきまで少し重かった空気が、ゆっくり解けていく。
でも洸太の胸の奥には、まだ小さな熱が残っていた。
文姫は覚えていた。
自分が傷ついていたことを。
ちゃんと分かっていた。
それだけで。
十年間、心のどこかに引っかかっていたものが、少しだけほどけた気がした。

