洋館に着くと――。
門前には、落ち着かない空気が漂っていた。
制服姿の警察官が出入りし、
使用人たちは声をひそめている。
誰もが不安そうで、
互いに視線を合わせようとしない。
胸が、ざわりと騒いだ。
……やっぱり。
嫌な予感が当たったのかもしれない。
私は若いメイドに声をかけた。
白いエプロンの前で手を組み、
そわそわと落ち着かない様子だ。
「ねえ、花嫁さまはどちらに?」
若いメイドは、ぎゅっと唇を結ぶ。
何かを言いかけた――その時。
「朝霧さんですね」
後ろから、静かな声。
白髪混じりのメイドが、
すっと姿を現した。
整ったヘッドドレス。
姿勢のよさ。
一目でわかる。
この屋敷の空気を束ねる人だ。
きっと主任メイド。
「お待ちしておりました」
けれど。
その声は、ひどく沈んでいた。
「実は……昨夜から、お嬢様のお姿が見えないのでございます」
――え。
胸が、どくりと鳴る。
隣で小田切さんの空気も変わった。
記者の顔。
だけど――。
なぜか私を気づかうように、
少しだけ前に立ってくれている。
……ずるい。
そういうところ。
「どうぞ、こちらへ」
主任メイドに案内され、
私たちは花嫁の部屋へ向かった。
当然のように、
小田切さんもついて来る。
警察官がちらりとこちらを見る。
けれど、何も言わずに通してくれた。
花嫁の部屋では――。
奥さまが椅子に座り、
すすり泣いていた。
執事がそっと紅茶を差し出している。
「奥様、少しだけでもお飲みください。何か口に入れませんと倒れてしまいます」
奥さまは震える手でカップを受け取り、
ふちにそっと口をつけた。
見ているこちらまで胸が苦しくなる。
結婚式当日に娘が消えるなんて――。
そんなこと、ある?
執事が小声で言った。
「かず子様も、そろそろいらっしゃるかと」
すると奥さまが、
涙に濡れた顔を上げた。
「あの子が来るものですか」
悔しそうに唇を震わせる。
「妹の結婚式なのに、絶対に出ないと言った薄情な子よ」
その時。
主任メイドが静かに声をかけた。
「奥様。洋裁店から朝霧さんがいらっしゃいました。例の件を、お伝えしてもよろしいでしょうか」
「……ええ」
奥さまが弱々しくうなずく。
主任メイドは周囲をうかがうように視線を動かし、
低い声で告げた。
「朝霧さん。ここに掛けてあったドレスが無いのです」
私は息をのんだ。
「先日、朝霧さんがお届けくださった、あの花嫁衣装です」
――ドレスが、ない?
「お嬢様がおひとりで着て、お出かけになったとしか思えません」
奥さまは顔を覆い、
肩を震わせている。
……変だわ。
なにか、おかしい。
私は勇気を出して口を開いた。
「失礼ですが、申し上げます」
部屋の空気がぴたりと止まる。
「奥様。あのドレスは――ひとりでは着られません」
「え……?」
主任メイドが静かに続けた。
「ええ。いつもは私が着替えをお手伝いします」
そう言って、
ひとりの若いメイドを指した。
その子は、おびえたように震えている。
「ですが、今回はお手伝いしておりません。……そうね?」
若いメイドは、
白いエプロンを強く握りしめた。
「そ、そ、そうなんです……!」
今にも泣きそうな顔。
「わたし、お着替えを手伝っていません……!」
声が震えている。
「他の皆にも聞きました。でも、誰も手伝っていないんです」
長い沈黙。
部屋の空気が重くなる。
私は、静かに告げた。
「あのドレスは、私がデザインして、縫ったものです」
自然と声に力が入る。
「背中はリボンで編み上げる仕様です」
一呼吸。
「ひとりで着ることは――絶対に不可能です」
しん――。
誰も何も言わない。
奥さまはカップを持ったまま固まっている。
主任メイドは、
そっと奥さまの背をさすった。
そして――。
突然。
「……っ」
若いメイドが、
私の手をぎゅっと掴んだ。
「きゃっ」
そのまま、
よろけるように廊下へ連れ出される。
小さな肩が震えていた。
そして。
誰にも聞かれないような声で言った。
「……誰にも聞かれたくない話があるんです」
涙目で、
まっすぐ私を見る。
「朝霧様にだけ、聞いていただきたいんです」
すると――。
「ボクも同席していいだろうか」
なぜか。
当然の顔をして、
小田切さんまでついてきていた。
近い。
顔、近い。
若いメイドは慌てて首を振る。
「だ、だめです! 朝霧さんだけです……!」
「奥様や他のメイドには絶対知られたくないんです!」
「よかろう」
小田切さんが、すぐ言った。
「誰にも言わないと誓うよ」
……え。
まさか引き下がらないの?
「ボクもうまくやる。任せてくれ」
うわ。
強引。
でも――。
なぜか、
この人が言うと大丈夫な気がしてしまう。
……ずるい。
門前には、落ち着かない空気が漂っていた。
制服姿の警察官が出入りし、
使用人たちは声をひそめている。
誰もが不安そうで、
互いに視線を合わせようとしない。
胸が、ざわりと騒いだ。
……やっぱり。
嫌な予感が当たったのかもしれない。
私は若いメイドに声をかけた。
白いエプロンの前で手を組み、
そわそわと落ち着かない様子だ。
「ねえ、花嫁さまはどちらに?」
若いメイドは、ぎゅっと唇を結ぶ。
何かを言いかけた――その時。
「朝霧さんですね」
後ろから、静かな声。
白髪混じりのメイドが、
すっと姿を現した。
整ったヘッドドレス。
姿勢のよさ。
一目でわかる。
この屋敷の空気を束ねる人だ。
きっと主任メイド。
「お待ちしておりました」
けれど。
その声は、ひどく沈んでいた。
「実は……昨夜から、お嬢様のお姿が見えないのでございます」
――え。
胸が、どくりと鳴る。
隣で小田切さんの空気も変わった。
記者の顔。
だけど――。
なぜか私を気づかうように、
少しだけ前に立ってくれている。
……ずるい。
そういうところ。
「どうぞ、こちらへ」
主任メイドに案内され、
私たちは花嫁の部屋へ向かった。
当然のように、
小田切さんもついて来る。
警察官がちらりとこちらを見る。
けれど、何も言わずに通してくれた。
花嫁の部屋では――。
奥さまが椅子に座り、
すすり泣いていた。
執事がそっと紅茶を差し出している。
「奥様、少しだけでもお飲みください。何か口に入れませんと倒れてしまいます」
奥さまは震える手でカップを受け取り、
ふちにそっと口をつけた。
見ているこちらまで胸が苦しくなる。
結婚式当日に娘が消えるなんて――。
そんなこと、ある?
執事が小声で言った。
「かず子様も、そろそろいらっしゃるかと」
すると奥さまが、
涙に濡れた顔を上げた。
「あの子が来るものですか」
悔しそうに唇を震わせる。
「妹の結婚式なのに、絶対に出ないと言った薄情な子よ」
その時。
主任メイドが静かに声をかけた。
「奥様。洋裁店から朝霧さんがいらっしゃいました。例の件を、お伝えしてもよろしいでしょうか」
「……ええ」
奥さまが弱々しくうなずく。
主任メイドは周囲をうかがうように視線を動かし、
低い声で告げた。
「朝霧さん。ここに掛けてあったドレスが無いのです」
私は息をのんだ。
「先日、朝霧さんがお届けくださった、あの花嫁衣装です」
――ドレスが、ない?
「お嬢様がおひとりで着て、お出かけになったとしか思えません」
奥さまは顔を覆い、
肩を震わせている。
……変だわ。
なにか、おかしい。
私は勇気を出して口を開いた。
「失礼ですが、申し上げます」
部屋の空気がぴたりと止まる。
「奥様。あのドレスは――ひとりでは着られません」
「え……?」
主任メイドが静かに続けた。
「ええ。いつもは私が着替えをお手伝いします」
そう言って、
ひとりの若いメイドを指した。
その子は、おびえたように震えている。
「ですが、今回はお手伝いしておりません。……そうね?」
若いメイドは、
白いエプロンを強く握りしめた。
「そ、そ、そうなんです……!」
今にも泣きそうな顔。
「わたし、お着替えを手伝っていません……!」
声が震えている。
「他の皆にも聞きました。でも、誰も手伝っていないんです」
長い沈黙。
部屋の空気が重くなる。
私は、静かに告げた。
「あのドレスは、私がデザインして、縫ったものです」
自然と声に力が入る。
「背中はリボンで編み上げる仕様です」
一呼吸。
「ひとりで着ることは――絶対に不可能です」
しん――。
誰も何も言わない。
奥さまはカップを持ったまま固まっている。
主任メイドは、
そっと奥さまの背をさすった。
そして――。
突然。
「……っ」
若いメイドが、
私の手をぎゅっと掴んだ。
「きゃっ」
そのまま、
よろけるように廊下へ連れ出される。
小さな肩が震えていた。
そして。
誰にも聞かれないような声で言った。
「……誰にも聞かれたくない話があるんです」
涙目で、
まっすぐ私を見る。
「朝霧様にだけ、聞いていただきたいんです」
すると――。
「ボクも同席していいだろうか」
なぜか。
当然の顔をして、
小田切さんまでついてきていた。
近い。
顔、近い。
若いメイドは慌てて首を振る。
「だ、だめです! 朝霧さんだけです……!」
「奥様や他のメイドには絶対知られたくないんです!」
「よかろう」
小田切さんが、すぐ言った。
「誰にも言わないと誓うよ」
……え。
まさか引き下がらないの?
「ボクもうまくやる。任せてくれ」
うわ。
強引。
でも――。
なぜか、
この人が言うと大丈夫な気がしてしまう。
……ずるい。


