暴れる恋情 ~萌ちゃんママは御曹司に激愛されまくりです~

 そんなマイナス面もどうにかこうにか乗り越えて、仕事が終わると藤堂さんとのデートの準備に忙しかった。女性誌を買い込んでメイクの研究をしたり、着ていく服を見にショッピングモールを歩き回ったり。
 これなら観劇にぴったりかも、という淡いグリーンのワンピースを見つけ、それに合った靴も買った。本以外の買い物をこんなにしている自分、というのにも初めて出会った。
 これまでたくさん読んできた恋愛小説の主人公たちの気持ちが初めてリアルにわかる気がする。
 藤堂さんと両想いになってから......物事の見える景色も違うように感じるのだ。曖昧にしか見えていなかったものがクリアになったというか。
 わかりやすい例で言うと、他人の恋心にも敏感になった。バイトの女の子が休憩室で
「明日、大事なデートなんです。店長から休みもらえますかね?」
 などと言うのを以前ならそれは無理ね、と素気なく答えていたのだが。
「まあ、言うだけ言ってみたら?他に入れる人いないかきいてあげる」
 などと親切心が出るようになったというか......。だって恋人とは毎日でも会いたいもの。そういう気持ちにシンクロしてしまう。
 そうして指折り数えてやっと公休日となった。
 私は約束の一時間前にホテルのロビーに着いていた。午後十六時時。藤堂さんとはホールの開場時間の十七時に約束している。
 ロビーで藤堂さんが来るまで本でも読んでいよう、と思っていたのだがなんと今日のホテルはとても賑やか。女子高生が修学旅行で泊まりに来ているらしくロビーをうろうろしている少女たちがたくさんいる。
 うーん、静かに本が読める感じじゃないな、と場所を変えることにする。まだ約束の時間まで一時間あるわけだし。私は立ち上がり、ホテルのティールームに行くことにした。
 コーヒーが結構な値段のするこの店には女子高生たちはさすがにいないようだ。ほっとしてカフェオレを頼んでソファに座わり読みかけの本を開く。
 と言ってもこの後のデートのことが気になってあまり集中できない。観劇の後、どんな話をしよう、と今からワクワクしている。
 後になって思ったのだが。ここで本に集中していたら、これから起こる出来事に気づかなかったのに。
 でも、遅い。私の耳に確実に「あきらさん」という女性の声が届いてしまったのだ。
 
 あきらと言っても他のあきらさんだろう、と私は周りを見渡した。するとかなり奥の席に向かい合っている男女がいた。
 え...藤堂さん?
 藤堂さんの横顔なら遠目でもわかる。ちょっとくせのある髪の毛。人目を惹く整った顔立ち。藤堂さんを見間違うはず、ない。
 藤堂さんの向いの席に座った女性はぐっとうつむいている。
 会話は聞こえなかったが、なにかを言い合っている。そして、藤堂さんは彼女を立たせた。それから肩を抱くようにして店の出口から出て行こうとする。
 私は距離をとってふたりの後をつけた。嫌な予感がして自分の行動を抑えられない。
 ふたりはエスカレーターでふたつ分の階をあがり、客室フロアにやってきた。人気のない平日のホテルの廊下だったら私の尾行はバレたかもしれない。しかしタイミングのいいことに修学旅行生がお互いの部屋を行き来しているのでざわついていた。私は彼女たちに紛れてふたりを追った。
 果たして。奥まった角の客室にふたりは入っていった。藤堂さんは彼女の肩を抱いたままだった。
 血の気が引いた。
 藤堂さんには......ホテルに一緒に行くような女性がいるんだ。

 両想いとはしゃいでいたのは自分だけ。藤堂さんの言葉は嘘ばっかりだったの?

 その場にしゃがみこみたくなる気持ちを奮い立たせて、私はさっきのティールームに戻り、しばらくぼうっとしていた。気が付けば十九時を過ぎていて劇が見れなかったことにもその時に気づいた。十七時頃ロビーに行けば藤堂さんと会えただろうか。
 私のスマホには何度も藤堂さんからのラインが来ていたけれど、読む気になれなかった。
 十九時半になり、真奈美の仕事が終わっている頃だと思い電話した。
 電話の向こうで真奈美は私のただならぬ雰囲気に気づいて、すぐそっちに行く、と言ってくれた。息を切らせてやって来た真奈美はとにかくここを出ようと言い、ファミレスに移動することにした。
 会社帰りの人達や家族連れの多いファミリーレストランの隅で、私は真奈美に藤堂さんと何度か食事に行き、恋人になってほしいと言われたことを話した。
「真奈美に話してなくて、ごめん。もう少し付き合いが進んでから改めて言うつもりだったの」
 うん、と真奈美はアイスティーをひと口すすった。
「藤堂さんがしょっちゅう深雪に会いに来ていることはわかってたよ。でも深雪はどう思ってるんだろうな、とは思ってた」
 私は目の前のコーヒーカップに目を落とした。
「まだなんの関係もない頃から本の趣味が似てるから話してみたいな、とかは思ってて。実際に改めて会ったらすごく楽しい時間を持てて......私最初から藤堂さんのことがすごく好きだったみたい」
「そうだったんだ。よかった。深雪にちゃんと好きな人ができて。でも両想いにしては今日の感じはただごとじゃないね。なにがあったの?」
 私はぽつりぽつりと藤堂さんが女性とホテルの部屋に入って行くところを見てしまったことを説明した。
「そうか。初めて好きになった人にそんなことされちゃ、それはショックだわ。深雪、免疫がなさすぎるもんね。私だったら怒りまくるよ、そんなの」
「なんかまだ...怒るとかまでいかなくて。藤堂さんがこっそり女性とつきあうような人だって見抜けなかったのが自分でも不甲斐ないっていうか。やっぱり恋愛経験が少ないからかな?」
 私はおどけて笑おうとしたがそれは失敗に終わった。
「あんなに恰好いい社長に口説かれたら誰だって舞い上がるよ。深雪は悪くない。悪いのは二股かけた藤堂社長よ。いくら社長に愛人はつきものだって言っても、深雪みたいな真面目な子をだますなんて、めっちゃむかつく」
「二股......」
 あ、そうか。私二股かけられてたんだ。
 改めてそんなことに気づいて自分の鈍さに辟易する。
「そんな人、だったのかな......?」 
 言いながら、ぽろりと涙がこぼれた。
 藤堂さん。あんなに楽しい時間を一緒に過ごして。お互いに思い合ってた、ってわかって私はあんなに嬉しかったのに......藤堂さんはそんなフリをしていた?全部演技だった?
 ぐっと悲しい想像で胸の内がいっぱいになり涙があふれてくる。
「深雪......忘れなよ。ちょっと夢見ちゃっただろうけど、こういうことってあるよ。私も二股かけられたことあるしさ。いくらでも飲むのにつきあうから。ほら、生ビールでも注文しよ!」
 私は声を押し殺して泣くことしかできなくて。全然美味しいと思えないビールを何杯も飲んだ。
 不思議なことに飲んでも飲んでも酔えなくて。
 藤堂さんのことをどうやったら考えないでいられるのかその方法が知りたかった。私よりも真奈美の方が顔が赤くなって酔ってしまい、店を出ることにした。
 長い時間が過ぎたと思っていたのにまだ二十一時半だった。
 ファミレスの前で真奈美と別れて、私は自分のアパートの部屋までいつも通りバスで帰った。泣きまくって目が腫れていて心の中もぐしゃぐしゃなのにいつもと同じように帰りつくのが不思議だった。
 お酒を飲んだせいで喉が渇いていた。まったく酔わなかったわけでもないのか。少しぼうっとする。
 三階の自分の部屋の前で藤堂さんの姿が見える。重症だな。幻影が見えるなんて。
「深雪さん!どうしたんだ!」
 幻影がしゃべった、と思ったらそれは本当の藤堂さんだった。
「どうって......どう......」
 あなたがそれを言うの?私の方がどうして、とききたいのに。
 言葉にならずに涙がこぼれる。
「深雪さん......?と、とにかく事故にあったとかじゃなかったんだな?」
 藤堂さんが慌てている。私は涙を拭って部屋のドアの鍵を開けた。
「帰ってください......お話することは、ないです」
 かろうじて声が出て、なんとかそう言うことができた。
「待ってくれ。ひょっとして......君は俺と鈴音がいるところを見たんじゃないか?」
 鈴音?あ、今日の女性の名前か。
「それなら誤解だ。彼女をホテルの部屋まで送ったが俺は彼女と何もしていない」
「嘘!」
 私はなにかが心の中で破裂して大声を出していた。
「......部屋にあがらせてくれないか。きちんと話したい」
 私は顔をあげて藤堂さんを見た。つらそうな顔をしている。胸がぎゅっとなる。私があなたにそんな顔をさせているの?
 身体が急に重くなった。立っているのがしんどい。私は早く部屋に入りたくなって藤堂さんを振り切ることもできず、部屋にあがってもらった。
 ワンルームのベッドの前に据えたミニテーブルをはさんで私たちは向き合って座った。
 藤堂さんは私にわかるようにひとつずつ説明してくれた。貴島鈴音という女性は藤堂さんが中学時代から親しくしている幼馴染のような存在。藤堂さんの親御さんは鈴音さんとの結婚を望んでいるが藤堂さんには全くその気がない。今日も結婚はできないと鈴音さんに言い渡したのに、鈴音さん当人には受け入れてもらえなかったらしい。話し合いの途中で鈴音さんは体調が悪くなり、ホテルに部屋を取っているから送ってほしいと言われたのだそうだ。
 ぼんやりした頭で考える。
「鈴音さんは......藤堂さんのことが本当に好きなんじゃないですか?」
「それは違う」
 きっぱりとした声で藤堂さんが言った。