暴れる恋情 ~萌ちゃんママは御曹司に激愛されまくりです~

 彰良さんはいつか言っていた。ご両親が事故で亡くなった後、鈴音さんが頼れる大人はお母様だけだったのだ、と。きっとそういう一面もあったのだろう。復讐を考えながらも、母のような優しさを突き放せなかったんじゃないだろうか。
 お母様はソファからずり落ち、口を半ば開け、呆然としていた。
 長い、長い激しい愛の最後のピースが鈴音さんの告白で消え去ってしまったのかもしれない。
 お母様は私がお暇するときもまだ呆然としたままだった。彰良さんは苦みを含んだ顔をしていて、私はそっと手を握ってあげることしかできなかった。

 一か月後。
 福岡から彰良さんの部屋に引っ越してきてから一か月が経とうとしていた。彰良さんのマンションの部屋は想像通り広々していて萌も『ここどこ?』とぽかん、としていた。
 来た当初、彰良さんの部屋はモノトーンでとてもシックだったのだが、萌の玩具や子供服を段ボールから出すと一気に生活感があふれてしまった。
「お部屋のイメージが変わっちゃいましたね」
 と一緒に朝食を食べながら彰良さんに言う。
「いいさ。萌がのびのびできるんならその方がいい」
 彰良さんは仕事の隙間時間にすぐ萌の玩具を買ってこようとする。このままでは玩具に埋もれた部屋になってしまう危険を感じた。なので彰良さんと話し合って新しい玩具はせめて一か月に一個だけにしましょう、と提案した。『そうか。それが萌の教育上いいかもな。さすが俺の奥さんだ』と言って納得してくれた。
 それはいいのだけど、問題は。
「パパおじさん。ミルクほしい」
 朝起きて玩具で遊んでいた萌がそう言った。
「おお。いいよ。ちょっと待ってろ」
 いそいそと彰良さんが席を立つ。私がします、と言ってもいいんだ、やらせてくれと言われるのが常なのでそうしてもらっている。
 問題は萌の彰良さんの呼び名が「パパおじさん」であることだ。
 実は、萌と感動の対面をしたとき、彰良さんはとても緊張していた。そのせいで萌に最初に声をかけるとき、ぎくしゃくしながらこう言ったのだ。
『おじさんがパパだよ』
 彰良さんの年令を考えるとお兄さんでもいいと思うのだが、彰良さんは最初になんて声をかけようか考えに考えぬいてのひとことだったらしい。
 果たして萌の反応はと言うと。
『パパおじさん?』
 と真顔で言った。
 うーん、なんだろうこの響き......もはや『サンタクロースのおじさん』なんかとほぼ同列のような......。もちろん、萌にだっておうちにパパとママがいる、という家族構成について知ってはいるのだ。
 萌から
『うちはなんでパパがいないの?』
と何度かきかれたことがある。その都度
『だってさーと萌にはママとさゆさゆがいるじゃん。さゆさゆがパパみたいなもんだよ』
 と沙雪が言ってごまかしていた。だからおうちの中でパパ的存在は沙雪なのが我が家という図式が萌の中でできてしまった。なので最近急にママとべったり一緒にいるようになった男の人は『パパおじさん』......。萌がそう言う理屈もよくわかるのだが萌にパパと呼ばれたい気持ち百二十パーセントの彰良さんの気持ちを察すると......不憫でならない。
 それに沙雪ロスという問題もあった。撮影で二週間不在、とかもあったので最初は萌も平気だったのだが沙雪ともう暮らせないとわかったときはぎゃん泣きして大変だった。
 なので沙雪には定期的にオンライン通話で萌と会ってもらっている。沙雪自身も萌ロスがあったらしく相思相愛なのだ。
 毎日、いろんなことが起こる。それでもテーブルの子ども用の椅子に座ってごくごくミルクを飲む萌と、いとおしそうにそれを見つめる彰良さんを見ていると、足をじたばたさせてしまいたいくらい幸せを感じる。
 スケジュール帳を見ながら彰良さんが言った。
「今日は金曜日か......深雪の復職はいつからだったっけ?」
「あ、今度の月曜日からです」
 実は東京に戻ってきてからの私の仕事が決まった。なんと吉永書店に戻れることになったのだ。萌のこともあるのでパートタイムだけれど、このマンションから近いし、かって知ったる職場でうれしいことこの上ない。
 真奈美に戻ってきなよ、と言われたとき、さすがに唐突に辞めてしまったので申し訳ないよと言ったのだ。ところが時間はしっかり三年経過しただけあって、真奈美はチーフになっていた。チーフの真奈美が店長に口をきいてくれたのだ。
『全然OK。大歓迎だってよ』
 と、真奈美に言われたときは心底ほっとした。
 大好きな家族がいて、好きな仕事もできる。これ以上の幸せはないだろう。
 大変なこともあるだろうけど頑張ってやっていこう。

 あっという間に一日が終わる。これに吉永書店での仕事が始まったらもっとフルスピードで一日が過ぎ去るだろう。
 萌はお風呂に入った後、たっぷり彰良さんに遊んでもらったからなのか、絵本を少し読んだらすぐに寝入ってしまった。
 まだ二十一時。これからは大人の時間だ。
 リビングのソファで彰良さんが本を読んでいる。私も横に座って読みかけの文庫を開く。しばらくすると、彰良さんが私の肩に頭を乗せた。
「旦那様、本がつまらなくなったんですか?」
「バレた?って嘘。奥さんといちゃいちゃしたくなっただけ」
「もう」
 彰良さんの頭が私の膝に乗った。膝枕の恰好になる。
「こないだ恋愛小説読んでたんだ」
 はい、と私はうなずく。二人きりになると萌の話か本の話だ。そんな時間を私はいとしく思っている。
「恋人同士が別れるシーンがあってさ。二人とも余裕があって笑いあってたりしてさ。それを読んだら無性に腹が立ってきたんだ。こいつらどうせすぐまた恋人ができると思って余裕かましてんな、と思ってね。こいつらはきっと『もう一生こんなに人を好きになることないだろうな』なんて思わないんだろう。きっとそんな風に一途に思いつめるのをダサいと思ってる」
 私はうなずいて先を促した。
「でもダサくて何が悪いんだって思った。もうこの人しか愛せないなんてどれだけ幸せなことか。ダサくて上等。俺は深雪を愛してる自分を誇らしく思ってる」
 私は目を細めて彰良さんを見た。
「私も。こんな上等な旦那様を持てて幸せです。私、彰良さんとつきあう前に」
 あ、と自分の手で口を押さえた。
「何?」
「いえ、聞かせたら彰良さん引いちゃうんじゃないかって」
 がばっと彰良さんが起き上がった。
「何、なに。聞かせてくれよ」
 私は視線をさまよわせたが、彰良さんが凝視してくるので、仕方なく白状した。
「彰良さんがよく店に来てたから......彰良さんのことを『王子様』って読んでたんです」
 目を見開いて彰良さんが言った。
「マジか......。でも深雪は俺にとってお姫様だからな。お似合いの二人だ」
 そうですね、と言ったところで唇を塞がれた。
 ゆっくり舌が入ってきて、絡み合う。彰良さんは私の頬や耳にも優しくキスをしてくれる。肩を押されてソファに寝そべる形になる。彰良さんが覆いかぶさって私の首筋にもキスをする。
 そっとブラウスの前が開かれてブラの上から胸をもみしだかれる。やがてブラと肌の隙間から指が入れられ胸の先端を擦る。びくんと身体が跳ねて反応してしまう。彰良さんのキスはお腹に移動してきて頭はさらに下に下がった。
 私の足の間に舌を這わせられて高い声が出た。
「やっ......、ああんっ」
 鋭い快感が腰を走る。どうしようもなくて頭を振る。声も絶え間なく出て恥ずかしい。舌ではなく今度は私の中に彰良さんの指が入ってきて、それもまたたまらなかった。背をのけぞらせて感じた。コントロールすることができない送り込まれる快感にひたすら翻弄される。もうどうにかなりそう、と声に出して言ったか言わなかったかその判断もつかなくなっていると、ゆっくりと彰良さんが入ってきた。
 ひとつになれた充足感が快感と同時にやってくる。
 私と彰良さんは一気に昇りつめた。汗だくになってお互いを抱きしめあう。愛をたしかめあうという言葉が小説には出てくるけれど、まるで愛をお互いで食べ尽くしているみたいだ。
 私たちはどこまでも互いを求めあう。
 静かに夜は更けていく。
 
 吉永書店への復帰も順調に進んでいったある日の昼下がり。私は休憩室で手紙を読んでいた。
 福岡でのパート先だった書店の矢代さんからの手紙だった。昨日届いていて、今日ゆっくり読もうと思っていたのだ。
【 山本さん 
 元気にやっていますか。書店では人目があったから話せなかったけど、別れても好きだった彼と復縁できたそうですね。あのとき、好きな気持ちを大事にしてって言ってよかった、と改めて思いました。でも彼を引き寄せたのはまぎれもない山本さんパワーがあってのことと思います。
 人を好きな気持ちって持ってるだけで力になるよね。私も、亡き夫を好きな気持ちをいつまでもパワーにして頑張ろうと思っています。
 
 同封したのは送別会のときの写真です。萌ちゃんにもよろしく。また福岡に遊びに来たときはぜひ寄ってくださいね。
                                     矢代】

 あのとき矢代さんに好きな人をいつまでも思っていていいんだ、と背中を押されたから私は『ニコチャンマン』の岡崎先生のところに行く勇気が持てた。もしこのことがなかったら彰良さんと再会することはできなかったかもしれない。
 そう思うと人生に不要なピースなんてひとつもなくて。なんでもひとつずつしっかり結びついているんじゃないか。そう改めて強く思う。