暴れる恋情 ~萌ちゃんママは御曹司に激愛されまくりです~

 頭の中を深雪でいっぱいにしながらなんとか先生に挨拶をして、自分の車に乗り込んだ。
 どうにか気持ちを落ち着かせようとする。
 とにかく深雪の娘の事を考えると思考が停止するので、その件は考えない。それよりも深雪の居場所だ。俺は沙雪に会ったが、あの後から深雪が沙雪を頼ったとも考えらえる。
 福岡に行く必要がある。俺は社に戻ると秘書にタイムスケジュールの確認をしてもらい、何とか明日福岡に行けないか打診した。
「明日の午後十四時からの会食をキャンセルすればなんとか」
「先方に丁寧に詫びを入れてくれ。俺は明日は福岡だ」
 了解しました、と秘書が社長室を出て行き、俺はデスクの椅子に深く沈み込んだ。
 福岡では三年前、沙雪と会って「深雪とはそんなに仲がよくない」と聞いていたのでそれ以降、福岡をマークすることはなかった。うかつだった。福岡のどこを探す。やはり沙雪の側だろう。前回、沙雪のところに編集のフリをして行ったとき、沙雪の住む社宅の住所まで押さえていたはずだ。まずはそこを当たるか......。
 動悸はまだ落ち着かない。深雪に会えるかもしれないと思うとここ数年の渇きが一気に潤う予感がする。
 会いたい、深雪......!
 
 翌日。仕事を片づけ、午後の便で俺は福岡に向かった。沙雪の住むマンションへタクシーを使い移動した。
 タクシーを降りる。ここに来るのは初めてだ。マンションから歩いて十分くらいの所に商業施設がありドラッグストアやカフェ、レストラン。そして書店が入っていた。
 どくん、と胸の中がざわつく。
 何軒も何軒も、俺は書店に足を運んだ。山奥に書店があると言われたらそこにも行った。でも全ての書店に深雪の痕跡はなかった。
 しかし今、行ったことのない書店が目の前にある。
 ドキドキしながら書店へ足が向かう。
 するとベビーカーを押しながらこっちへやってくる若い女性がいた。サングラスをしているが美人だとわかる。
「萌ー、後でアイス買ってあげるね」
 俺の耳はびくん、と反応した。聞き覚えのある声。間違いない。
「失礼ですが、山本沙雪さんでは?いや、リカさんかな」
「え。あ」
 俺の事をサングラス越しに見る。
「お忘れかと思いますが、以前深雪さんを尋ねてきた、シマリス出版の藤堂です」
「ああ......はい、藤堂さんですよね。覚えています」
 俺は喉の渇きを覚えながら言った。
「この子は......不躾ですが沙雪さんの?」
「ええ。そうです」
 沙雪が口元をにっこりさせる。
「込み入ったことを聞いてすみません。東京で深雪が『ニコチャンマン』の作者の岡崎まさこ先生に会っているんです。その時に三歳くらいの女の子が同席していたらしいのですがそれは......」
「はい。私の子です。私、その時、CMのオーディションがあって、深雪に面倒をみてもらってたんです」
「そうでしたか」
 ぱあっと眼前が明るくなるような気がした。
 深雪は誰かと結婚した訳ではなさそうだ。
「じゃあ、深雪が今、どこにいるかご存知なんですね」
「それは」
 沙雪の表情はサングラス越しでよくわからないが、困惑しているように見てとれた。
「ごめんなさい。藤堂さんには深雪の居場所を教えないよう言われてるんです。失礼します」
 足早にベビーカーを押して立ち去ろうとする。俺は追いかけようとしたが、途中で高齢のご婦人とぶつかってしまった。体勢をくずされたので立ち上がれるように手をかした。その後、沙雪を目で追うとタクシーの運転手がベビーカーを車に積んでいた。
「待っ......」
 ダッシュしたがタクシーはもう行ってしまった。
 
 後、一歩、というところまで来たのに。沙雪がガードしていては深雪に会えないのではないか。
 深雪、会いたい。一目でいいから君に会いたい。
 胸が引き絞られるような思いを抱えて、俺はいつものように商業施設にあった書店に入った。

◇◇◇
 書店のパートの時間は十六時まで。時計を見たらもう十六時五分だった。もう品出しも注文も終わっているので、他の社員さん達に「お先に失礼します」と言って休憩室に入った。
 エプロンを外し、ロッカーの鏡を見ながら髪の乱れや化粧崩れをチェックする。さっと直してからスマホを見ると沙雪からラインが来ていた。
『行ってきま~す』
 という文の下には沙雪と萌が二人でピースしている写真があげられていた。
 楽しそうでこちらも笑顔になってしまう。今日は午後から萌の好きな戦隊マンショーが天神であるので、そこに沙雪と二人で行っているのだ。
 私がパートを早引けしてもよかったのだけれど、沙雪がちょうどオフの日で『私が連れていくよ』と言ってくれた。
『深雪、ずっとお勤めと育児の繰り返しじゃない。私はけっこう飲みに行ったりしてるけど深雪は全然行かないでしょ。たまには自分ひとりの時間を楽しんだら?ショーの後、萌とファミレスで夕ご飯食べてくるからゆっくりしたらいいよ』
 とも。
 確かに、萌が生まれてから萌中心の毎日で、自分に何かご褒美的なものをあげたことがなかった。
 通勤タイムが自分時間だからそれでいいや、と言い聞かせてたけど。たまには自分ひとりでゆっくりしたって罰は当たらないよね......。
 そう思うと猛然と読書がしたくなってきた。この店でも私は文庫の担当なのでどうしても読みたい文庫は買っていたけれど、単行本は久しくチェックしていない。ワインでも飲みながらじっくり長編小説を読む。私からするとかなりゴージャスなご褒美だ。
 休憩室から売り場へ出て、単行本のコーナーへ向かう。
 その時。
 文庫売り場で背中を少し丸めている男性のうしろ姿を見た。
 あの感じは。多分、私のPOPを読んでくれているのではないだろうか。男性はその場から動かないので、かなりPOPを熟読してくれていると見た。
 丁寧に書いているので、お客様にもしっかり読んでもらえるとうれしい。
 ふと三年前の吉永書店を思い出す。
 あの頃。ちょうど今の男性のように彰良さんが一生懸命私のPOPを読んでくれていた。
 懐かしい。
 自分の意見を読まれるのがうれしいのと恥ずかしいのが混じった気持ちによくなったものだ。そしてデートの時に彰良さんは言う。
『俺も深雪と同じように読んだよ』
 目をきらきらさせて、子どもみたいに言う。
 あんな人、どこにもいない。
 そう思った瞬間、男性が振り返った。
 
 嘘。

 私はとっさに書棚の陰に隠れようとしたが、向こうの方が早かった。
 私の手首をつかみ、言った。
「やっと見つけた。深雪」
 目の前で息を切らしているのは彰良さんだった。
「ど、どうしてここが」
「岡崎先生が教えてくれた。雑誌の表紙になってた沙雪さんを見て彼女とよく似た書店員の子が来たと教えてくれたんだ」
「あっ......」
 うかつだった。そうだ。岡崎先生が彰良さんとつながっても不自然ではないのだ。一番のヒットメーカーとその出版社の社長なのだから。私はどうにかして彰良さんのために岡崎先生に会わなくちゃ、と必死だったのでそこまで頭が回らなかった。
「......もう仕事は終わった?」
「は、はい」
 うまく彰良さんの顔が見れない。
「話したい。どこかで、ゆっくり」
 言葉は短かったが重みがあった。
「じゃあ......店の裏に公園があるのでそこで」
「わかった」
 夕方の公園には人気が少なかった。遊歩道をゆっくり歩いて行くおじいさんがいる。
 私と彰良さんは公園のベンチに座った。目の前には砂場があったが遊んでいる子どもはおらず、ジャングルジムで遊ぶ小学生が数人いた。
 彰良さんは子どもたちを遠目に見ながら言った。
「ずっと探してた。書店を見つけたら深雪がいるんじゃないかって。大阪でも山梨でもどの県に行っても書店を見つけたら入って深雪のPOPを探して、売り場に深雪がいないか見て回った。今日だって深雪が福岡にいるとまでは聞いたけどどの書店なのかはわからなかった。だから沙雪さんの住まいの近くの書店に来てみたんだ」
「そうだったんですね......」
 三年前、一度福岡に来た彰良さんを沙雪にかわしてもらっていたので、もう福岡には来ないと思って油断していた。
 ゆっくり、彰良さんが私の方を見つめてきた。
「教えてくれないか。どうして俺の前から姿を消したのか。本当に旅行したかったわけじゃないんだろう?」
「それは」
 私は言い淀んだ。私の口からお母様の秘密を話すことになってしまう。そしてもう一つの秘密も。
「この書店に来る前に沙雪さんに会った」
「えっ」
「ベビーカーを引いていて。彼女は自分の子だと言ったが......違うよな。俺の子だろう」
 声が出なかった。
「目元が、俺とそっくりだ。わかるよ、それくらい」
 彰良さんの声が少し甘くなった。う、と私は涙をあふれさせた。もう一つの秘密はとっくにばれていた。
「ごめ......んなさい」
 しゃくりあげながら言った。
 彰良さんは私の両肩をつかんだ。
「どうしてなんだ?どうして子どものことを知らせずに姿を消したりしたんだ?俺が子どもなんて欲しくないと思った?」
 私は涙ながらに首を振った。
 もう逃げられない。
 心の奥底でお母様にごめんなさい、と呟いて言葉を紡いだ。
「お話します。聞いてください......」
 遠くでカラスの鳴く声がした。空がオレンジ色に染まっていく。
 私はできるだけお母様の気持ちが正確に伝わるよう、芳人さんとの関係について語った。
 彰良さんは途中口をはさまず、最後まで聞いてくれた。