暴れる恋情 ~萌ちゃんママは御曹司に激愛されまくりです~

「そうなんだ」
「うん。仕事してご飯作ってさらに子どもと遊んだり寝かしつけたりすんでしょ。あーもー今日疲れたな、しんどいな、っていう時は子ども三人いるお母さんの夜の時間を考える。へっとへとできついのが毎日だよ。それがんばれちゃうってすごくない?」
「わかる。書店の時の同僚の人、二人のお子さんがいたんだ。毎日、お弁当五個作るんだって。自分と夫と子供二人分プラス子供さんの塾前に食べるお弁当。すごいよ。もう、脅威だよ」
 すごいすごい、ハンパないと言い合う。お互いオムライスを半分くらい食べたころ、沙雪が言った。
「今日、シマリスの藤堂さんが来たよ」
 かちゃ、と音を立ててスプーンを落としてしまった。いけない。まだ藤堂さんの名前を聞くと動揺する。沙雪にシマリスから取材依頼が来てるよ、と聞いた時、まさかとは思ったのだが。
「取材にかこつけて深雪のことを私にききたかったみたい。藤堂さんにどこに旅に行ったのかきかれたんだけど、全然仲良くなくて知らないんですよーって言っておいた。それでよかったんだよね?」
 私は意識して笑顔を作った。
「うん。ありがと。それでいいよ」
 私が沙雪の部屋に転がりこんだとき。私は自分が妊娠していることを沙雪に打ち明けた。沙雪にメイクを教えてもらった時のデートの相手との間に子供ができたこと。わけがあってその人とは別れなくてはいけなかったこと。そんなことをぽつりぽつりと話した。私は沙雪に「なにやってるの」とか「ドジやったね」とかそんなことを言われると予想していた。それでも泊まらせてもらうだけでも有難い。明日から早速仕事を探そう。そう思っていたら沙雪がふうん、と言った。
「大変だろうけどさ、初めての人の子どもが生まれるなんてさ、ちょっと素敵だね」
 ぼろぼろっと涙があふれた。誰かにこの子のことを肯定してもらえると思っていなかった。特に子どもを産むことに否定的な沙雪にはなおさらだ。
「ありが、とう」
 涙を拭きながら私はやっと言った。
「まあ、当分ここに居ればいいじゃない。マネージャーのミドリさんがどう言うかわかんないけど。なんとかバレないようにしよう」
 沙雪の部屋はちらかっていて、実家にいた頃と同じだったけど。でも、心根が違う。きっとこれまで仕事で苦労した分、懐が大きくなったのだ。かつての沙雪にこんな包容力はなかった。大人になったんだ、沙雪。
 そうしてこっそりふたり暮らしが始まって結果的にはミドリさんも応援してくれて私の居場所ができたのだった。
 それが一か月前。
 
 まだちょっとつわりがあるけれど、それ以外の体調は良好だ。旅をしていると嘘をついている両親には子どもが生まれてから本当のことを伝えよう。
 まずはこの子を無事に産むことが先決だ。
 時間のあるときは育児書や妊娠期にどうすべきかといった内容の本を図書館から借りてきて読みあさっている。
 図書館の児童書のコーナーで子どもたちが『ニコチャンマン』を読んでいるのを見つけると、ぎゅっと胸の内が絞られるような気がする。
 彰良さんは私のことを探してくれている。それはそうだろう。喧嘩別れも何もせずに突然『旅に出る』と書置きしたのだから。
 でも彰良さんには鈴音さんがいて、お母様も鈴音さんとの結婚を望んでいる。このお腹の中にいる子には、皆に祝福されて生まれてきてほしい。決して誰かの思惑を邪魔するようなそんな辛さを背負わせたくない。
 そんな想いの裏で彰良さんに会いたい気持ちは膨らむ。
 あの綺麗な人をもう一度見たい。
 優しい声を聞きたい。萌のこと、喜んでくれるかもしれない。
 そこまで考えて首を振る。いけない。そんな甘いことを考えちゃ。ひとりでこの子を育てるって決めたじゃないか。それに沙雪もサポートしてくれるし。
 できることをひとつずつやっていこう。この子と一緒に。
 ベッドでは沙雪が眠っている。私は隣りに敷いた布団に横になっている。
 神様、どうかこの子を無事に産ませてください。私、がんばりますから。
 窓から見える月に向かって祈る。目をつぶると彰良さんの顔が浮かぶ。振り払うように固く目を閉じた。

 三年後。
「そこにある萌のスカート取ってくれない?」
 余裕を持って朝早く起きても、結局バタバタになってしまう。予定通りにいかないのが育児とはわかっているものの、やはり毎日大変だ。
「はいよ。あー、萌、またピーマン残してんじゃん。おっきくなんねーぞ」
 萌にスカートを履かせていると沙雪の食事チェックが入った。
「萌、おっきくならなくていい」
おかっぱ頭に白い頬っぺた。睫毛が長くて整った顔。萌ははっきりと彰良さん似だ。
「どうしてよ。私、萌がおっきくなったら一緒に買い物するのが夢なんだよ」
「さゆちゃんお金つかいすぎるから、ダメ」
 三年前生まれてきた萌は今ではこんなことまで言うようになった。女の子の方が言葉を覚えるのが早いとは聞いてはいたが。毎朝、こんな漫才みたいなことを沙雪とやっている。
「萌、靴下はいたら、もう行くよ」
 この春、萌は保育園に通うようになった。私はここから近い書店でパート勤務をしている。フルタイム勤務ではないので萌の送迎には問題がない。朝はさすがにバタバタになるけれど、概ね良好に暮らしている、と言えるだろう。
「沙雪は今夜遅いんだったよね」
「うん。晩御飯いらない。萌、お土産買ってくるからいい子にしてるんだよ」
「おみやげってなにー?」
「それは秘密です」
 きゃっきゃと萌が笑う。育児に協力するとは言ってくれていたけれど、こんなに沙雪が萌の面倒をみてくれるなんていい意味で予想外だった。未だに頑固に私は子供は産まないけど、と言っているが幼い姪のことが大好きらしい。ありがたいことだ。
 沙雪は女優の仕事に傾いていくのかな、と思っていたがそうはならず、今でもモデルがメインだ。相変わらず地元の情報番組にはちらちら出ていて萌と三人で買い物とかしているとたまに声をかけられたりする。
「一週間後だけど東京に行くかもしれない」
 玄関で靴を履いてると、まだパジャマを着ている沙雪がそう言った。
「化粧品のCMのさ、オーディションがあって、ミドリさんが出てみようって」
「そうなんだ。決まるといいね」
 沙雪は人に見られる仕事をしているせいか、美しさが年々増していくようだ。フルで化粧すると直視できないくらい眩しい。実は先月も雑誌の表紙の仕事が決まってお祝いしたばかりなのだ。
「それでさ。深雪もそのとき、一緒に東京行かない?ひさしぶりに父さん母さんに顔見せた方がいいよ」
「うん......考えとく」
 うちの両親には東京を離れて、萌を産んだ数か月後に会いに行った。ちょうど二年くらい前だ。彰良さんが何度も実家に顔を出し、私を探していたので母は萌が彰良さんの子どもであることをすぐに見抜いた。
『まったく。旅に出てるなんて嘘言って。最初から話してくれればよかったのに』
 そうぶつぶつ言っていたが、萌に「ばあば」と呼ばれるとうれしそうにしていた。
 なつかしい実家のリビングで母とお茶を飲みながら話した。
『事後報告になって、ごめん。でも楽しくやってるよ。沙雪もフォローしてくれてるし』
『.....藤堂さんは独身、なのよね』
『うん』
 鈴音さんという結婚の予定のある人はいるけど。
『それなのに藤堂さんと結婚できない理由があるの?』
『藤堂さんのお母様から別れるように言われて。その時は萌がもうお腹の中にいたの。この子は望まれない子どもなんだ、とわかって、それが嫌で......私は藤堂さんと別れる決心をしたの』
『別れるにしたってもう少しやり方があったんじゃない?旅で逃げるなんて無謀よ。何度も来てくれる藤堂さんが気の毒だわ。深雪は学校の成績はよかったけどこういうことはからきしダメね』
『面目ないです......』
 母はふう、とため息をついた。
『真面目なあんたが嘘をつくくらいのことがあったんでしょ。藤堂さんがうちに来てもなんとかかわしてあげるから......たまには帰ってきなさい。かわいい萌ちゃんと会わせて』
 やれやれと言った体で母は言った。いつまでも母に頭があがらない。自分だってもう母親なのに。改めて母の懐の深さを感じた。
 
 出かける準備ができた私と萌はマンションを出て保育園への道を自転車で行く。
 東京か......。
 東京に行っても彰良さんにばったり会うなんてこと、そうそうないだろう。実家は東京の郊外にあり、彰良さんの行動範囲とは違う。
 でも、との二の足を踏んでしまう。彰良さんは定期的に実家に顔を出し、私から連絡はなかったか聞いて帰る、と母から聞いている。
 まだ探してくれている。鈴音さんとの結婚はどうなったんだろう。しかしそれを確認することもできず今に至る。

 朝のどたばた時間を終えて、萌を自転車の後ろに乗せて保育園まで送る。ほんの数週間前まではわいわいと保育園の中に入っていく子どもたちにびくびくしていた萌だったが、最近では「おはよう」と言いながらぱたぱた駆けて入園する。
 やっぱり彰良さんの子どもだからだろうか。このところよく人懐っこい性質が出ている気がする。
 自分から園児たちに声をかけているのを見るとほっとすると同時に、毎朝彰良さんを思い出してしまう。
 三年も経って、一度も会ってもいないんだから、いい加減忘れればいいと思う。思っているのに、頭の中では萌の行動のひとつひとつを彰良さんに報告している。
 彰良さん、今日は萌がおせんべい食べれたよ。
 彰良さん、今日は萌がお友だちに玩具を貸してあげたんだって。
 一番、萌のことを報告したいのは、やはり彰良さんなのだ。